|
護廷十三隊、十番隊執務室。 必死の形相で書類業務に取り掛かる少女。 外は雨のようではあるが、ここでは関係ない。 雨が降ろうが槍が降ろうが仕事に励めばならない。 この少女もそうだった。 彼女は視線をそこから少しも逸らさず集中している。 左手に持つ筆はどこか小刻みに震えているようにも思える。 小刻みに震わせながらも最後の句点を書き終えた。 そして次の瞬間、地獄から脱したような表情を浮かべた。 「終わったぁ!」 書類業務に打ち込み始めてはや二時間。 彼女はそれから解放されたことに幸せを感じた。 肩がこったのだろう、肩をグルグルとまわしている。 だが、肩がこっても腕がこっても彼女は幸せだった。 書類という名の地獄からは解放されたのだから。 そんな幸せ絶頂という彼女にちょっとした衝撃がきた。 誰かが彼女の頭に軽く拳骨を落としたからだ。 「いっ!」 「人がまだ仕事してるっつぅのに、んな顔すんじゃねぇ。」 銀髪の少年が眉を寄せて彼女に言った。 彼を見るなり、彼女も少し眉を寄せた。 「そんなの私の自由だろ。」 「うっせー、癪に障るんだよ。」 「なに、イライラしてるんだよ。」 そう言われて彼は素直に窓の外を指差した。 激しく降る雨により景色はよく見えない。 窓を閉めても聞こえてくる雨音。 雨による湿気。 関係ないが、溜まっている書類。 全てが重なって彼の苛々を構成していた。 「雨嫌いなのか?」 「好きな奴がどこにいる。」 「私は好きじゃないが、嫌いでもないぞ。」 「…めでてぇ奴だな本当。」 彼は大きな溜息をつくと彼女に背を向けた。 言いたいことだけ言って仕事に戻ったのだろうか。 彼女がそう思いながら(早々と)筆などを片付けているとき。 「これも頼んだぞ。」 ドン、とでもいう音をたてて置かれた新たなる敵。 …じゃない、書類。 彼女は書類を見てパチパチと瞬きをした後、見上げた。 目の前には平然と自分の方を見ている少年がいる。 まさか、この書類をやれというのか。 突然、奈落の底に落とされたような気持ちになった。 「ど、どういうことだよ日番谷!」 「これも頼んだって言ったんだ、。」 遅くばれながら。 彼は日番谷冬獅郎、十番隊の隊長である。 つまりは、彼女、の上司。 「私のノルマは終わったぞ!」 「それに追加だって言ってんだよ。」 「なっ、もう少しでテイジだぞ!」 「へぇ…できねぇんだ?」 翡翠色の瞳に彼女を映し、彼は口の端をあげた。 「なっ!」 「そうか、できねぇのか、まぁ仕方ないよなじゃあ。」 これは安い挑発に過ぎない。 副隊長の松本であれば上手い具合に逃げれるであろう。 だが、彼女はそうではなかったし。 彼女の性格を日番谷はよくよく理解していた。 日番谷の言葉にはムッとする。 「できないことはないぞ!」 やってやる、と彼女は再び筆を持った。 が極度の負けず嫌いであることを彼は知っている。 加えて、自分に対する意識が強いことも承知の上だ。 日番谷は思惑通りにことが進み、背を向けて密かに笑った。 そんなわけで。 またもやは書類との戦闘になったわけである。 大量とまではいかなかったものの、まずまずの量だ。 定時を過ぎても彼女の筆が止まることはなかった。 一人帰り、二人帰り、三人帰り…。 彼女が気づかないだけで隊舎には日番谷とだけになった。 「終わった…やっと終わったぞ。」 は今にも泣きそうな顔で筆を置い机に突っ伏した。 結局定時を三時間も過ぎてしまったようだ。 時計を見てその現実に気づいたのだろう。 彼女は物凄い衝撃を心に受けた。 思わず叫ぶとそれを制するかのように誰かが頭をたたいた。 「よくやったな。」 「もしかして、これ、日番谷の分だったんじゃ…。」 「おかげで俺も三時間の残業ですんだぜ。」 彼の笑みに、謀られた、とやっとは気がついた。 追加が自分の割当ではないことは考えれば分かることだ。 だが、彼女はそんな考えもしなかった。 彼の挑発に乗ってしまったのだ。 ああ言えばこう言う、という流れで引き受けてしまったのだ。 今更ながら分かった事実。 ショックに打ちひしがれる彼女を慣れた様子で日番谷が引っ張って歩く。 隊舎から出ると、日中は降っていた激しい雨も上がっていた。 自然と広がる空が視界に入った。 「わぁ、凄い星空だな!」 突然ショックから立ち直ったは声をあげた。 それに少々驚いたような日番谷だったがつられて空を見上げる。 確かに星は暗闇の中、一生懸命に瞬いている。 どことなく、昨夜よりも綺麗に見えるのは気のせいだろうか。 日番谷がそう思っていたとき、が口を開いた。 「今日は雨だったからな、雨のお陰だ。」 「雨なんて、鬱陶しいだけだろ。」 湿気は気持ち悪いし、何より書類はよれてしまう。 それでなくてもどんどん積まれていくものだというのに。 余計にかさばって見えてしまうのだ。 お陰でいつもの倍は苛ついてしまう、と日番谷は思った。 「雨上がりの空はチリやホコリが払われて澄んでるんだって。」 は空を見上げたまま言った。 どこか涼しげな、心地のよい風が二人をかすめていく。 それに彼女は気持ち良さそうに目を瞑った。 星は暗闇の空の中、瞬いている。 まるで存在を主張するかのように。 はまるでそんな星を掴もうとでもするかのように両手を上げた。 「よかったな、雨はムダじゃなかったぞ。」 振り向き柔らかい微笑みを向ける彼女に日番谷は思わず言葉を失った。 本当は言い返すくらいしてやろうと思っていた。 だが、それは彼女の笑顔にまるで吸い込まれたように消えた。 反対に言いようのない気持ちに駆られる。 真っ直ぐな瞳と真っ直ぐな言葉に駆られる衝動。 日番谷はの背中を見つめるとそっと手を伸ばした。 背後から抱きしめる。 突然のできごとに言葉を失ったのは今度はだった。 「ひ、日番谷…?」 「…。」 彼はその呼びかけには応えなかった。 彼女は首を傾げた。 何だ、どうした、どこか痛いのか、大丈夫か。 などと慌てて声をかけるだが日番谷は答えない。 大した重みは感じないが、無言の彼にますます不安になる。 一生懸命に呼びかけるが、それでもやっぱり彼は答えない。 何を言っても答えない彼にだんだんとムッとしてきたのだろう。 彼女は眉を寄せた。 「もしかして、嫌がらせか!」 思わぬ言葉に日番谷の眉間に一層深いしわが寄せられた。 だが彼女は背後にいる彼の姿を見ることはできない。 は勝手に決め付けて話を進めている。 やっぱりそうか、嫌がらせなんだな、いい加減にしろ。 などと言われて日番谷も少しムッとしているようだ。 だが、彼は何かを思いついたように口の端をあげる。 ゆっくり、嫌がらせだ、と答えた。 そして何か言い返そうとしているの顎を背後から持ちあげる。 重力と自分の意思に逆らい上を向かされる。 彼は素早く、彼女のまぶたに触れる程度のキスを落とした。 それはほんの一瞬のできごとだった。 唖然とする彼女に彼は、やはり口の端をあげて笑ってみせた。 「これも…ついでに嫌がらせだ。」 日番谷は不敵な笑みを浮かべたままの頬に触れる。 そうは言ったが、本当は嫌がらせなんかじゃない。 本能のままの行動。 だが、彼はそれを素直に伝えようとはしない。 それはきっと、あえて、なのだろう。 予想通り、怒って文句を言ってくるに彼は声をあげて笑った。 グーパンチをしてきたその手をアッサリと受け止める。 受け止められたことでますます彼女は怒っているようだ。 彼はそんな彼女に未だに笑いながらではあったが、上を指差して見せた。 「ほら、星見るんだろ。」 「お前をたたく方が先だ!」 「へぇ…それじゃもう暫くこんな空見れないかもな、明日から暫く雨だぜ。」 「…え、そうなのか!」 日番谷はの言葉に頷いた。 丸め込まれたようで少し嫌だが、とこぼしながらも彼女は手を下ろした。 確かに、今日のような星空は滅多に見えないかもしれない。 は不満気な表情のまま、また空を見上げた。 星はまるで自分たちを見守るかのようにそこに存在している。 相変わらず煌めいている。 自然との表情が和らいできた。 そんな彼女を見て、日番谷は見えないように口元を緩めた。 「たまにはいいか。」 「何がだ?」 「雨ってのも、な。」 日番谷の意地悪っ気のない笑みに、もつられるように笑った。 輝く星と珍しく優しい時間。 雨は、確かに無駄じゃなかったようだ。 ----- 「さてと、今日はどっかで飯食って帰るか。」 「奢りか!」 目を輝かせるに日番谷は呆れたような表情を浮かべた。 「お前が金を出したことなんてあったか?」 「ない、これから先もない!」 「おい…。」 怒りよりも呆れの方が上を行く。 「…おい、何で私は手を掴まれてるんだ。」 「握られてるって言えよ。」 「そんなのどうでもいいけど…。」 「何だよ、もしかしてお前、照れてんのか?」 「てっ、照れてなんかない!」 「じゃあ平気だな。」 「当たり前だっ…って、え、このままか!?」 |