
尸魂界…いわゆるあの世、死神や死した者たちが存在する世界。そこには流魂街と瀞霊廷とが含まれており、死神たちは瀞霊廷に住んでいた。そんな世界のとある日の昼下がり、一人瀞霊廷内の建物を歩く者がいた。彼女は死神の服装である死覇装の黒とは全く違う桃色の着物をまとい、周囲を見渡しながらゆっくりながら歩いている。その存在は当然ながら目立っていた。だが、彼女が不審者として捕まらないのは、その幼さと、幼いがその整った顔立ち、そして捕まえようとしている者の手を紙一重でさり気なく避けてしまう為である。 「何だ、あの小娘は…!」 「子どもが入り込むとは言語道断、捕まえろ。」 周囲が騒然としてきたが、彼女は全然気にもしないないようで周囲を見渡しながらゆっくりと前へ前へと進んでいく。ゆっくりであるのに捕まえられないのはどういうことだ。死神たちの中には躍起<やっき>になる者も出てきた。彼女は振り向きそんな彼らを目にすると、不思議そうに首を傾げた。その動作はとても愛らしいもので、追いかけていた死神たちも何処か心が癒されてしまう。だが、ハッとしたように表情を戻し彼女に飽きずに手を伸ばした。追いかけてくる死神たちの数は少しずつ増えていった。虚と命をかけて日々戦っている者たちにしてはその光景は少しばかり滑稽<こっけい>にも思えてしまう。 「お前ら、何やってんだ。」 そんな光景に半ば呆れたような表情を浮かべて現れたのは一人の小柄な少年だった。だが、彼らはその少年を見ると、慌てて深々と頭を下げた。日番谷隊長、と呼ばれた少年、護廷十三隊の十番隊隊長である日番谷冬獅郎は立ち止まった彼らを視界にも入れずに、彼らが追っていた人物を視界に入れた。淡い桃色の着物を着たまだ幼い子どもが歩いている。相変わらず彼女は周囲を見渡しており、何やら探しているようにも思えた。日番谷は死神たちに、戻れ、と短く伝えると今度は自分が彼女を追った。死神たちがあれだけ手間取っていた彼女を彼はヒョイと軽々と捕まえると振り向かせて顔を見た。思わず息を呑んだ。日番谷よりもさらに幼い少女、それこそ十一番隊副隊長の草鹿やちるより少し幼いくらいの少女だったのだが、思わず凝視してしまうくらい整った顔立ちだった。 「なにかごよぉ?」 自分の顔を見てまるで時間が止まってしまったかのような日番谷に彼女は首を傾げて彼を見て言った。顔立ちからも納得できるくらいの愛らしい声が紡がれた。そこでハッとした日番谷は彼女の肩から手を放した。美しい漆黒の髪に濃藍色の大きな瞳、自分よりも随分と幼いだろうと思いながらも日番谷は思わず口元を押さえた。彼女はわけが分からず、少し不満気なのか、ちょっとだけ頬を膨らませた。 「なにか、おかおについてる?」 「い、いや。」 「それならいいや。」 自分で納得すると、彼女はまた一人で歩いて行こうとした。そんな彼女の腕を慌ててとると、今度は彼女は怪訝そうな表情を浮かべたが、日番谷はそんな彼女に言った。 「何を探してるんだ。」 周囲を見渡しながら歩いている彼女は何かを探しているに違いない。何故か死神でもない彼女を追い払うこともできず、彼はそう言った。その言葉に彼女は目を数回パチパチさせると、うん、と頷いた。彼女は日番谷のことを悪い人ではないと認識したのだろう、怪訝そうな表情は嘘だったかのように満面の笑みを浮かべ、自ら手を伸ばして日番谷の手をとった。少し驚いた彼だったが、苦笑いを浮かべると素直に彼女の手を握った。子どもは別に好きな方じゃない、だけど、不思議と…。 「わたし、だよ。おにぃちゃんは?」 「日番谷冬獅郎だ。」 「ひつがや、としろ?」 「とうしろう。」 「としろぉ…としろ!」 何度か"とうしろう"と教えたが、彼女は"としろ"と呼んでしまう。普段なら自分より幼い者や役職の低い者には呼び捨てなどは許しはしない(彼も此処では幼い方だがこの辺のプライドはあるらしい)だが、目の前にいるは死神ではないし、あまりに嬉しそうに自分の名前(ちょっと違うが)を呼ぶもんなので彼はいつもは見せないような柔らかい微笑みを浮かべた。彼の部下たちが見たら絶対に驚くに違いない。年の割に仏頂面ばかりの隊長と幼い女の子が仲良く手を繋いで歩いている光景など誰が想像できただろうか。 「、何探してるんだ。」 「わたしは、とぉさまさがしてるの。」 父様?と日番谷は首を傾げた。よくよく考えれば彼女は瀞霊廷に住んでいる存在だ(流魂街の者が易々此処に入れるはずはない)此処で生まれ育った者は上から下まで色々だが貴族である。そう思えばなるほど、彼女は値の良さそうな着物を着ているし、何処かそういう雰囲気が漂っているようにも思えた。ただ、そうとなれば彼女の父親は誰だろう。日番谷の頭に疑問符が浮かぶ。貴族で知っている者は数人しかいない為、浮かんでくる人物も限られる。まず、第一に浮かんだのは…。 「冬獅郎じゃないか、何やって…。」 「丁度いい、お前を探そうと思ってたんだ。」 現れた十三番隊隊長である浮竹十四郎に日番谷はを抱き上げて見せた。突然体が浮いたことに彼女はちょっと驚いたようだが、目の前に見える浮竹の顔を見るとふわりと笑って見せた。そんな彼女を見て、浮竹は少し驚いたような表情を浮かべた。自分の娘がこんなとこに現れたので驚いているのだろう、と日番谷は思った。浮竹に子どもがいるなんて噂はないが(それ以前に彼に妻がいるのかどうかも日番谷は知らない)彼らの様子からしての探し物(者)はどうやら解決したのだろう、と思われていた。が。 「じゅうし!」 「ちゃんじゃないか。」 現実はどうやら違った模様だ。は父親ではないが浮竹の顔を見て嬉しそうに笑った。父親ではないようだが彼らはどうやら顔見知りのようだ。きゃっきゃと浮竹に飛びつく彼女を見て、何故だか日番谷は不思議と楽しくなかったわけだが、そんなことに自覚なんかあるわけはなく、一人不可思議な気持ちに首を傾げた。暫くの間浮竹はに高い高いなどして遊んでいたが、後ろから同隊の隊士に呼び出されたようだ。 「すまない、ちゃん冬獅郎、行かなければ。」 「いやいいけど…で、結局こいつは誰の子だよ。」 浮竹の他に貴族でこんな子どもがいそうな者が思い浮かばない。日番谷は眉間に皺を寄せた。浮竹は口を開いたが、何か思いついたように言葉を途中で止め、彼に笑みを向けた。 「真っ直ぐ歩いて行けば誰の子か分かるさ。」 「は?おい、教えろよ、おい!」 「じゃあ、またね、ちゃん。」 「またねー。」 文句有り気な日番谷を笑顔でスルーして、彼はににこやかに手を振って隊士と一緒に十三番隊舎へと戻って行った。残された日番谷は不満大有りだったが、此処まで来てを置いて行くわけにもいかない(行けない)し、誰の子どもなのかも正直言うととても気になるところだ。彼は溜息をつくとまたの手を握って歩き出した。真っ直ぐに行けば誰の子か分かる、そう浮竹が言っていたのだ、少し意地悪気なところが気にいらないけれども、この際真っ直ぐに行くしかない。 「、父さんの名前教えてくれよ。」 「じゅうしがひみついってたからひみつー。」 「…浮竹の奴め、余計なことを。」 悪たれをつきながらも彼はの手を握って歩く。途中人目があることに気がついたが、今更彼女の手を放すわけにもいかなかった。だが、ヒソヒソと"日番谷隊長の妹か"とか"いやそれにしては似てない"とか"もしかして日番谷隊長の子ども"とか何だか在りえないようなうざったいような微かに聞こえてくる小声話に苛立ちが募ったのだろう、彼はの手を放すと、それに驚いていたを抱き上げた。そしてそのまま瞬歩でその場を通り過ぎる。と、立ち止まったところで彼はハッとした。幼い子どもを抱き上げたままで瞬歩を使ってしまったのだ。きっとにとっては衝撃が強かったに違いない、と。だが、は彼の予想とは反して何故か楽しそうに笑っていた。 「わぁすごい、すごいはやかった!」 そんな彼女に日番谷は驚いたが、彼女は貴族の子どもなのだから元々人並以上の霊力を秘めているに違いない。そう思った彼はを下ろすと苦笑した。数十年後、いや、もしかしたら十数年後には彼女は死神となっているのかもしれない。戦いとは似つかわしくない彼女が斬魄刀を握っている姿は今想像することも出来ないのだが…そう思うと何処か胸がチクリと痛んだ。貴族は生活面に不自由はしないだろう(流魂街の者に比べて)だが、彼らはそれ故に死神として歩まなければならない可能性も高いのだ。つまりは、死に近しいともいえるのかもしれない。 「としろ?どうしたの、どっかいたい?」 突然眉を寄せて考え込んでしまった日番谷をは心配そうに見た。手を伸ばして頭を撫でたいと思ったのだが、彼女の身長では小柄である日番谷であろうとも手は届かない。仕方なく彼女は日番谷の手を捕まえるとぎゅっと握った。それに気づいた日番谷はハッとして顔を上げると視界に心配そうに見ているに気がついた。そんな彼女にまた胸が締め付けられたような気持ちになり、彼は無意識に彼女を抱き上げた。そんなとき。 「何をしておるのだ、。」 聞いたことある声が背後から聞こえてきて、日番谷は思わず目を見開いた。そして、を抱き上げたままそちらを振り向いた。まさか、とこの三文字が日番谷の頭をいっぱいにしていく。確かに"彼"は貴族だ、それも指折りの貴族。それは知っていたが、彼女の父親が"彼"だということは全く予想していなかったのである。目の前にいるのはと同じ漆黒の髪でいつも真顔で冗談すら言いそうにない、そんな六番隊隊長の…。 朽木白哉だった。は日番谷の驚き(ある意味ショック)も知らず自分の父親である朽木へと飛びついた。意外にも彼はそんな彼女の行動を咎<とが>めることはなく、飛びついてきたを優しく抱き上げた。そのような光景を今まで見たことがあっただろうか、否、そのような優しさ溢れる彼を今まで見たことがあっただろうか…否。現代風に言うならばその光景に日番谷はカルチャーショックともいえそうなくらい盛大に驚いた。そんな彼を尻目に朽木はの頭を片手で撫でている。 「、何故此処にいる。」 「とぉさまのえりまきもってきたの!」 はい、とは何処にしまっていたのか分からないけれども、いつも朽木が首に巻いている白い襟巻きを差し出した。そういえば、今朽木が首に巻いている白い襟巻きはいつも身につけているものとよくよく見れば少しだけ違うような気もする、そう日番谷は思った。ありがとう、と普段言わないような礼の言葉を朽木はに伝えると、彼女はへらっと笑い、ごめんね、と謝罪の言葉を述べた。 「ちがうんだよ、とぉさまがなくしたんじゃなくて…。」 わたしが遊んでたから、と彼女は言った。朽木は自分が何処かに失くしてしまったと思っていたようだが、真実は異なり、が遊んでいるときに使い返しそびれてしまっていたらしい。この襟巻きは朽木家代々の当主が身につけるもので、織師"三代目辻代九郎衛門"の作の"銀白風花紗<ぎんぱくかざはなのうすぎぬ>であり、この襟巻き一枚で屋敷が十件ほど建つだろうと言われる代物であるはずだ、日番谷はそれを思い出して引きつり笑いを浮かべた。そんなもので遊ぶなんてなんて恐ろしい子どもなのだ。だが、朽木は意外にもやはり怒ったりはせずに、の頭を撫でた。 「日番谷。」 「な、何だよ。」 何だか色々考えていた日番谷だったが、突然朽木に話しかけられて思わず一瞬ビクリと体を震わせた。相変わらずの仏頂面だ、それこそ日番谷よりも。だが、彼に抱き上げられているは日番谷や浮竹と一緒にいるときよりも嬉しそうに笑っている。朽木が父親であるから彼女のこの表情も頷けるのだが、心の奥でそれがちょっと妬ましい、なんて日番谷はやはり不可思議な気持ちを抱いてしまっていた。 「が世話になったな。」 「ばいばい、としろ!またあそんでね。」 だが、そんな不可思議な気持ちはの"また"で何処かに吹き飛んでしまったようだ。日番谷は手を振るに手を振り返した。こんな幼い女の子に何だか心振り回されているようで彼は苦笑してしまう。ゆっくりと背を向け、朽木はを抱いたまま歩いていく、その方向は六番隊舎であるから一度隊舎の方へ戻るのかもしれない。日番谷はそんな二人の後姿を少し見て、自分も十番隊舎に戻ろうと背を向けた、そんなときだった。背後から静かな声が聞こえた。 「に手を出すでないぞ。」 彼の言葉に思わず日番谷は柱に頭をぶつけてしまった。振り向いたときには既に朽木との姿はなく、やはり日番谷は引きつり笑いを浮かべながら打った額を撫でた。彼の去り際の言葉はとても静かな声だったが、何処か殺気混じりだったようにも思えた。それにしてもまだ幼い女の子にどう手を出せというのだろうか、そう思ってみたが、その後日番谷は苦笑した。 「…はは、いや、まさかそれはないだろぅ?」 |