十番隊隊長、日番谷冬獅郎は夜道を歩いていた。ただ歩いているのではない、彼は何やら背負って歩いていた。彼が歩くたびに茜色の長い髪がユラリユラリと揺れる。彼が背負っているのは、十番隊第三席であるだったりする。彼女はどうやらスヤスヤと眠っているらしい。日番谷は彼女の微かな呼吸を聞きながら、苦笑いを浮かべた。事の発端は、同じ隊の副隊長である松本乱菊であったりする。



「今日は飲みましょー!」



いきなり何の前触れもなしに、彼女は業務時間が終わると酒瓶をどこからともなく持ち出した(こじんまりとした新年会だと言い切ってから)自分だけが飲むならまだしも、彼女は、私飲めません、と言うに半ば強制的に酒を飲ましてしまったのである(そのとき松本は既に出来上がっている状態だった)日番谷は松本に対して込み上げてくる怒りを感じたが、時既に遅し、彼が彼女に怒る前に、が酔ってしまったのだ。そんな彼女をこのままにしておくわけにもいかない。彼は松本への怒りは発散せずに、とりあえず邸まで送ることにした。彼女を背負って外に出ると、空はすっかり闇空になっていた。暗いおかげで星がよく見える。



「すげー星だな。」

「ほんとぉだぁー。」



思わずギョッとした。眠っているはずのの声が聞こえたのだから。彼はの方を向いた。だが、彼女はハッキリと覚醒したわけではなさそうだ、まだ目がトロンとしている。



「あれー、どぉしてとうしろうがおぶってくれてるの?」

「お前が酔っ払ったからだろ。」

「んーん、わたしよっぱらってないよー。」



耳元に近く、の声が妙にくすぐったく感じる。日番谷は唇を噛みながらも何かを耐えるように一歩一歩、歩く。その想いを彼は自覚している、それこそ、ずっと前に。だが、彼女はそれを知らない。今はまだ、伝えるつもりもない。日番谷は苦笑しつつを背負ったまま星空の下を歩いた。が、突然、背後から何かが自分の体を包んだ。いや、包んだとは言えないかもしれない。まわされたのはの腕だった。突然背後から抱きしめられるような体勢になってしまったことに彼は盛大に驚いた。



「うわっ!」



バランスを崩した彼は草に滑ってしまった。普段ならばこんなことくらいでは転倒しないであろう彼も、動揺の所為というのだろうか。ベシャリと間抜けな音がして、二人に微かな痛みがはしった。日番谷は何とかを潰さないようにと体を回転させ、両腕を地面につけ、耐えた。そのおかげでは日番谷に潰されることはなかったのであるが…。ただ、その格好は日番谷にとって悪いことこの上なかった。



、だいじょ…っ!」

「うー。」



大丈夫か、と言いたかった、だが、言えなかった。日番谷は自分たちの状況に目を丸くしてしまった。まるで彼がを押し倒したかのような状態になっていたのだ。二人の距離は10cmほどもないだろう。不意な出来事にカッと日番谷の顔色が赤く染まった(酔っているはそんな彼に全く気づいていないようだ)突然動きをとめてしまった彼に彼女は不安そうな視線を向けた。



「とうしろう…だいじょうぶ?いたい?」

「痛くないっ、だからそんな顔すんな!」



それでなくても二人の距離は近すぎる(日番谷からすれば)いろいろと煩悶とする日番谷をよそに、はその答えに安堵の表情を浮かべた。彼女はこの体制を気にしようともせず、日番谷の横に見える綺麗な星空を見上げ、感嘆の声をもらした。闇夜にキラキラと輝く満天の星空は、酔っているといえどもを魅了したのだ。



「とうしろう。」

「…なんだ。」

「かあさまね、ほしがだいすきだった。」

「…そうか。」



日番谷はゆっくりと10cmほどしかなかった距離をあけ、の横に座り直した。はペタリと背中をつけた。その茜色の長い髪は、星や月に照らされ、闇夜の下であるものの輝いているように見えた。未だ酔いが醒めていないの口調は少し舌足らずではあるものの、彼女の表情はどこか儚げだった。日番谷は知っている。の母親は、彼女やが真央霊術院に入る前に病で亡くなってしまっているのだ。その命日が、実は昨日であり、彼女もも昨日は休暇をとっていた。彼女は星を見上げたまま、言葉を続ける。



「かあさまは、やさしくて、きれいで、きらきらしてて、まるでおほしさまのようだった。」

「…そうか。」

「おほしさま…。」



突然は立ち上がる。酔いがまわっているため、危なっかしい感じがして、日番谷は慌ててを支え、一緒に立ち上がった。そんな彼には気づいていないのか、彼女はただただ空を見上げ、そして腕を高く高く伸ばした。まるで空に届かせるように…。それでも彼女の手が空に、ましてや星に届くことはない。あまりにも遠すぎる距離。爪先立ちしてでも、バランスを崩しかけても、まるで幼い子どものように腕を伸ばし続けるに、日番谷は慌ててを捕らえ、そして強制的に地面に座らせた。



「なんでおほしさまのそばにはいられないの…。」



大粒の涙を流し、は声を殺すように泣き始めた。その姿を見て、日番谷は胸をひどく痛める。母親の話をするは、いつも静かで穏やかで、ときおり寂しそうに笑うものの、こんなに泣き出してしまったのは初めてだった。酒のせいもあるのだろう、それも分かる。日番谷は拳をきつくきつく握り締め、ようやくひらいたその手で、を包み込んだ。は自分を抱きしめる日番谷の死覇装をしっかりと握った。



「とうしろ…は、いなくならない、で!」

「いなくならない。」

「ほ、んと?」

「ぜったいだ、俺は傍にいる、ずっと、一番傍に…。」

「やくそく、だよ、いなく、なったらわたし…っ。」



の言葉は静かに途切れた。いや、途切れざるをえなかった。言葉を紡ぐはずの口は、静かに塞がれてしまったのだ。日番谷もなにも喋らない。いや、喋れなかった。日番谷はしっかりとを捕らえたまま、無意識に、衝動的に、の口を塞いでしまっていた。自分を求める彼女の声や儚げな瞳、彼の中でなにかが音をたてて切れた。それはそれほど長い時間ではなかったけれど、ゆっくりと離れてから、彼はゆっくりと目を開ける。そして自分の行動に気がつき、瞬時に背筋を伸ばした!



わわわわわわわ!すまねぇ…って…。」

「…。」



顔を真っ赤にし、慌てて謝る日番谷だったが、言葉を失った。どれだけ焦っているだろうか、もしくは怒っているかもしれない、もっと悪ければ余計に泣き出すかもしれない、そう思っていたのだが、はどれにもあてはまらなかった。



「…寝てる。」



そう、すやすやと眠ってしまっていたのだ。ガクリと日番谷は肩を落としたけれど、すぐに自分の一方的な行動を自覚して顔をあげた。両想いどころか告白すらしていないのに、一方的にキスをしてしまうなんてこと、思ってもみなかったのだ。日番谷は乱暴に頭をかいた。は規則的な可愛らしい小さな寝息をたてて、気持ち良さそうに寝ている。さっきまで泣いていたようにはとうてい見えない。"女の子のファーストキスは大事なんですよ"以前、聞いてもいないのに松本が言っていたことを思い出した。もっとも、が初めてなのかは知らないけれど(それでも初めてだと思いたいようだ)日番谷はゆっくりと眠っているに顔を寄せ、小声で耳打ちをする。



「これは…なかったことにしてくれ…今は、まだ。」











空と星と内緒事と…。
(冬獅郎、昨日送ってくれたんだって、ありがとう!)
(…いや!別に!そんな大したことじゃ、ねぇ!)
(大丈夫?顔、赤いよ、お熱?)
(ち、違う、なんともねぇ!)












コメント

ついにやっちまったぜ隊長!
でも、報われているのかと問われれば
そうでもない気もしますが。
でも、なかったことにしちゃうのかい隊長。
そのうち、いつかお付き合いをするようになったら、
きっと隊長は素直に言うんだと思います。