
死神代行が姿を消して幾日が過ぎた。彼の仲間たちも各々訓練をしているようだ。選抜隊である日番谷らは現世の見回りと出現する虚の昇華を日々行っていた。そんなある日。は日番谷とペアを組んで(は松本と組んでいるため何とか二人で組むことができた)いた。今のところ虚の出現は確認されていない。横断歩道の前で伝令神機を見ていた彼らの足元に、突然、サッカーボールが転がってきた。日番谷はそれを足で器用に拾い上げた。 「わぁ、冬獅郎うまーい!」 「別に、普通だろ?」 現世好きのはサッカーボールの存在もその役割ももちろん知っている。彼女の話をよく聞いている彼も、現世には疎くはないと思われる。日番谷はボールをリフティングさせるのをやめ、それを手に取った。その頃、そのボールの持ち主である少女がボールを追いかけてすぐそこまで来ていた。それに気づいた彼らは視線をその少女へと向ける。先に口を開いたのは日番谷だった。 「お前のか。」 「あ、うん。」 「危ねーだろ、気をつけろ。」 一般的に、見た目からは想像もつかないような大人びた言い方だった。だが、そんなことに彼自身が気づくはずもなく、ボールをまたも上手に蹴って持ち主に返した。うまーい、という嬉々としたの声は少女の耳には入っていないのかもしれない。少女は綺麗に弧を描いて戻ってきたボールを見つめる。もしかしたらこのとき、彼女は彼らから生じる僅かな違和感を感じ取っていたのかもしれない。バイバイと言おうとするの手を引き、日番谷はそこから素早く姿を消した。 「あ、あれ?」 少女がボールから視線を外したとき、もう既に彼らの姿は見えなくなっていた。自分よりも少しだけではあるが小柄な少年と少女。なぜか気になって彼女は横断歩道を渡り周囲を見渡したが、やはり姿は見つけられなかった。 ----- 時間は過ぎ、すっかり空は橙色に染まっていた。虚はまだ出現していない。伝令神機を見ながらは思い出したように声をあげた。同じく自分の伝令神機を見ていた日番谷は彼女の声に顔を上げた。正直、二人きりなのだから何だかもっと別のこと(世間一般のデートらしきものとか)をしてみたいとは思うけれど、彼は生真面目にも近い真面目さゆえに仕事放棄もできない。ただ、一緒に喫茶店に入ってお茶をできるというささやかな良いことはあった。 「そういえば、あの女の子、結構力あったね。」 「そうか?」 「うん、現世の人にしては強いと思うなー。」 「は察知能力が五本指に入るからな。」 そんな話をしているときだった。噂をすれば何とやら、なのかもしれない。誰かが彼らの元へと駆け寄ってきた。昼間に会ったサッカーボールを持った黒髪の少女。彼女は彼らを見ると笑みを浮かべて話しかけてきた。 「あんた、ボール拾ってくれただろ?」 「あぁ。」 「ありがとな。」 「…どういたしまして。」 「駄目だよ、女の子には愛想よくしなくちゃ。」 すぐに視線を伝令神機に戻した日番谷の頬を両手で掴んで、は再び彼の顔を少女へと向けさせた。こんなことができるのは、だけかもしれない(だって、できるかもしれないが、こういう行為はしたことがない)相手が相手だけに怒鳴ることもできず、成されるがままに日番谷は再び少女と向き合った。は頬を掴んだ手を下へと引っ張った。成されるがままの日番谷は僅かであるが頭を下げるような動きになった。 「どういたしまして!」 この声はだ、日番谷ではない。不本意ではあるがやはり怒ることのできない彼は眉間に皺を寄せて何かを耐えているようであり、は満面の笑顔を浮かべて心なしか満足そうである。そんな二人を見て少女は可笑しそうに声をあげて笑った。 「ねぇ、あんたらどこの学校の子?」 「え。」 ピシリ、と音がした気がした。の手から解放されて再び伝令神機をいじっていた日番谷は眉を寄せて、それから視線を逸らし、思い切り不機嫌そうな顔をして少女の方を向いた。はで苦笑いを浮かべている。少女の言う学校とは、十中八九小学校のことであろう。外見上現世ではそう言われても仕方のない彼らではあるが、やはりあまり快くはない。 「どこの学校でもねぇよ!」 「ま、まぁ、冬獅郎…。」 「俺らは忙しいんだ、あっち行ってろ。」 「何だよ、デートでもしてんの?」 思いもしない言葉に日番谷はまたも勢いよく少女の方を見た。デートしたいのはやまやまだが、仕事でそれどころではない。せっかく、邪魔者(や松本)がいないというのに。日番谷は額に青筋を浮かべて威嚇<いかく>するように少女を見た。そんな彼の事情なんか知らない少女は不思議そうな顔をしている。は呑気に笑っていて、デートじゃないよねー、なんて日番谷泣かせのようなことを言っている。がここにいるならば、きっと笑顔を浮かべて日番谷を見ているに違いない。 「あんた、サッカー出来るだろ。」 「さぁな。」 「今度フットサルの試合があるんだ、一緒にやらねーか?」 サッカー、という言葉に心が揺れたのは日番谷ではなくだった。現世大好きなは実は、サッカー観戦も好きなのである。元々運動神経もいい彼女はすることにも興味がある。機会がなかっただけで。瞳を輝かせているに気づいたのか、少女はにも一緒にやらないかと誘っている。だが、そんな彼女の腕を彼女の仲間の一人が引っ張った。 「何だよ。」 「何だじゃないだろ黒崎。」 「あいつよく見ろよ金髪だぜ、染めてんじゃねぇか。」 「それにもう一人は、赤髪の女の子だぞ…可愛いけど…。」 の話が聞こえたのか、日番谷が密かに鋭い視線を向けた。だいたい自分は金髪じゃなくて銀髪だ、彼にとってはどうでもいい話だけれども。だが、視線だけでは気がつかなかったのだろう。彼らは話を進めていく。 「目つき悪いし不良じゃねぇ?」 「あんな奴俺たちのチームに引き込むなよ。」 「だいたいあんなチビが本当にサッカー上手いの?」 「何だと、誰がどチビだ、こらー!」 最大の禁句を言ってしまった少年の声に日番谷はとうとう怒りを爆発させた。それを苦笑いしながら止める。 「どチビとまでは言ってな…おい、待てよ。」 黒崎はとめたが、日番谷はの手を引きその場から離れていく。立ち止まろうとする気配はない。はチラチラと後ろを見て気にしているようだが、彼は問答無用で早足で進んでいく。そんな彼に黒崎は一瞬だけムッとしたけれど、すぐに悪戯な笑みを浮かべてサッカーボールを思い切り蹴った。真っ直ぐにそれは日番谷の方へと向かっていく。それに気づいた日番谷(もちろんも気づいていたが)の手を放して優しく彼女の肩を押した。そして自分の体を回転させると飛んできたボールをそのままオーバーヘッドでお返しした。自分のことをチビだとか言った少年に故意に向けて。 「あ、痛そう…。」 が哀れんだ声をあげると同時だった。少年たちはわらわらと彼らの方に集まってきた。スゲーとかカッコイイとか言って少し興奮しているようだ。突然囲まれて日番谷は一筋の汗を流した。 「君どこの子、名前は?」 「…日番谷冬獅郎だ。」 「君は、ねー、君は?」 「だよ。」 「冬獅郎にかぁー!」 自分の名前を呼び捨てにされただけでなく、自分でさえも最初は戸惑っていたの名前でさえ呼び捨てにしている。ほんの少し殺意に近い気持ちを抱いたが、何分相手は子どもだ。自分は年上、年上、と必死に気持ちを抑え、その代わりにではあるが、囲まれていたを引き寄せた。相手が子どもであろうと、だけは譲りたくないらしい。 「頼む、冬獅郎だけが頼りなんだ!」 「いや、だから、俺は…。」 この際ハッキリと断ろうとしていたとき、伝令神機がピピピと高い音を鳴らした。それは虚出現の合図だ。日番谷はと顔を見合わせて頷いた。この周辺にいる死神は自分たちだけだ。黒崎は何かを感じているようだった、それに彼らも気づいた。彼は何も言わず、は謝ってから少年らに背を向けた。 「お、冬獅郎、、どこ行くんだよ!」 「急用だ。」 「ごめんねー!」 「毎日高台の公園で練習してるから明日来いよなー!」 返事はしなかった。返事をしようとしていた彼女は、手でその口を軽く押さえられた。それにより人間に深く関わらないように注意を受けているのを思い出した。義魂丸を飲み、死神に戻る。目指すは出現した虚。 「でもサッカーしてる冬獅郎、見たかったなぁ。」 「馬鹿言うな。」 「オーバーヘッド、カッコよかったよ。」 「…っ、い、行くぞ!」 彼の顔が赤くなっているのは、きっと夕日の所為ではないだろう。彼は走るスピードを速めてしまう。そんな彼を追いかける。彼女の言葉に自分の意思が一瞬でもグラグラ揺れてしまったなんてことは、間違っても口にはできはしない。危険を伴う業務だというのに口元が緩みそうになってしまうのは、十中八九妃癒の発言の所為なのだろうと日番谷は思った。 「ヤベ…口元、戻らねぇ。」 |