
尸魂界に雨が降った。まるで誰かの心をあやすかのように本当にシトシトと静かに雨が降った。その透明な雫は木々の葉に落ち、そこから静かに地面へと落ちていった。水溜りに落ちたそれがピチャンと静かに音をたてた。全てが静かなものに感じ、日番谷は静かに空を眺めていた瞳を閉じた。彼は今、何も発することはなかった。隣には愛しい少女ただ一人だけだったが、いつものように感情が高ぶることもなかった。ただ、静かに雨の音に紛れるようなその声を聞いていた。彼女の瞳からは雨のような雫がゆっくりと地面へと落ちていった。 「…。」 彼女、は今日の雨のような涙を流していた。顔は隠すことなく、空を見上げてその涙を抑えようともしなかった。声は大きなものではなく、雨に紛れるような本当に小さな泣き声だった。それが日番谷の心を、水溜りに波紋が広がるように揺らしていた。泣いてなどほしくはない、笑ってほしい。そう思っている、そう、いつも。けれども今日はそんなことなど思うことができなかった。泣く権利も悲しむ権利も誰にでもあり、誰からも奪うことはできやしない。日番谷はゆっくりと瞼をあげて未だに空を見上げるに視線を向けた。 「なぁ。」 此処で初めて彼は口を開いた。少なくとも彼女が涙を流し始めてからは初めてだ。そんな彼には視線を向けることはなかったが、小さく、だがハッキリと、なぁに、と言った。雨は未だにやまずにシトシトと微かな音をたてている。ピチャン、と水溜りにまた葉から雫が落ちて音をたてた。 「泣くななんて言わないから、せめて自分を責めるなよ。」 彼女は返事をしなかった。だが、小さく、本当に小さく頭を動かした。その瞬間また雫が地面へと落ちていった。彼女はやっと涙が溢れるその目を自分の手で擦り、視線を日番谷の方へと向けた。一生懸命に笑おうとしてみせたが、涙が零れるだけでちっとも上手く笑えてなどいない。そんな彼女がひどく愛しく思えて日番谷は思うがままに自分の手を伸ばした。その手が届いた瞬間、その手に強く強く力を込めた。まるで雨から、いや、存在する全てのものから彼女を守るかのように強く、それでいて慈しむように彼女の体を抱きしめた。 「夢で見た世界はね、誰も泣かない世界なの。」 「…そうか。」 「私も冬獅郎もも乱菊さんも、誰も泣かないの。」 「うん。」 「笑ってるんだよ…。」 日番谷は自分の肩が少しだけヒヤリとしてきたのに気がついたが、何も言わずに、ただ、片方の手での頭を優しく撫でた。どう言えば彼女が元気になるのか、癒されるのかなんて彼には分からない。何を言えばいい"お前の所為じゃない"と言えば彼女は自分を責めないだろうか、否…。じゃあ"お前は精一杯やったじゃないか"と言えば彼女の気持ちは楽になるだろうか、否。遣る瀬無いとは思うけれど、彼は彼女をただ抱きしめていた。この透明で綺麗な雫を止める術など知りはしない。だが、それを流す彼女を受け入れることはできる。 「泣けよ、今は何も考えず、泣け。」 その言葉に彼女の日番谷の死覇装を掴む手の力が一瞬だけ強くなった気がした。肩口から顔を上げ、自分を切なげな表情で見るに日番谷は悲しみの中に愛しさの存在を改めて感じた。雨はまだ止みそうにない、彼女の涙も止まりそうにない。だが彼は彼女の背中に回した手の力を緩めようとは思わなかった。雨はまるで誰かの心をあやすかのように本当にシトシトと降っている。 |