
日番谷邸から彼らが通う空座高校までは徒歩で二十分。なのであるが、初めて、ということと地図を見ながら、ということで迷ってしまったは、結局家を出てから一時間近く経ったときにやっとのことで校門前に着いたのである(人に聞けば早いのであるが、人見知りが強いためそれもできず)彼女は目の前に見える学校を見上げた。海外にいたときのものとは違う。何だか興味をそそられたようで、彼女は吸い込まれるようにスススと空いている校門から中を見た。 「(みんな、色々なことしてる)」 グランドでは様々な部活動が練習をしていた。彼らの声が入り混じっていてその一言一言はハッキリとは聞こえない。はキョロキョロと辺りを見渡した。校門の間から見ている姿はハッキリ言って怪しいものではあるが、年齢層が年齢層なだけに変質者とは思われないのが不幸中の幸いであろうか。彼女はとりあえず明日から通う学校を一目見れたことに満足すると、回れ右をした。用事が済んだのでこれから家(日番谷家)に帰ろうと早々決めたようである。どうやら、双子を見ようとか会おうとかは思っていないらしい。そんなときだった。 「あらー?学校に用事?」 背後から誰かに話しかけられてしまった。突然の出来事だったのでは驚いて、勢いよく振り向いた。そこには明るい髪色(どう見ても染めているのだろう)の彼女よりも年上であろう女の人が立っていた。は思わずビクリと体を震わせた。何の構えもしていないときに知らない人と対面してしまったのだ。人見知り体質の彼女にとってはたまらない出来事である。そんなことは知らず、目の前の女の人はじぃーっとを見た。そんな行為にますます彼女は身を縮める。 「え、あ、あの…。」 「他校の学生さんかしら。」 「え、や、あの…。」 「誰かに用事?私顔広いのよ、誰でも呼んであげる。」 にっこりと女の人は笑いかけた。心のどこかで、ふっと力が抜けたような気がした。は力を振り絞って、大丈夫です、と声をあげた。すると女の人は、そう、と笑顔をまた浮かべた。少しは力が抜けたものの、は未だに肩に力が入っているような状態だった。そんな彼女に気がついたのか、女の人はポケットから何かを取り出した。 「はい、飴。」 「え。」 「とって食ったりしないわよ、飴あげるだけ。」 小さな掌に乗せられた小さな飴。いちご味と袋には書いてある。はそれを見て、女の人の顔を初めて自分から意識的に見た。彼女は変わらず優しげな笑みを浮かべていた。そして、次の瞬間はハッとする。人から貰ったら言わなくてはならないことがある。これはおばあさんから言われた言い付けのひとつ。 「あ…ありがとう、ございます。」 振り絞るように出た声。何に対して恥ずかしいのか分からないけれど、少しだけ顔に熱を感じた。それに気づいては少しだけ顔を俯けてしまったが、きちんとお礼を言うことができた。もしかしたら、日番谷家に行く前ならば、こんな風な基本的なこともできなくなっていたのかもしれない。自分でそう思った。お礼をのべたのだが、目の前の人物からは反応がすぐなかった。は不安になって顔をあげて彼女を見た。すると…。 「可愛い可愛い、んもーお姉さんお持ち帰りしちゃう!」 何かに悶えていたらしい。そんな彼女はいきなり両腕を開くと、をガバリと抱きしめてしまったではないか。は短い悲鳴をあげる(雪獅郎で少々慣れていたとはいえ、あまりにも急な出来事だったので)それでも気にせず女の人はぎゅーっと彼女を抱きしめる。と、いうか、ここはめちゃくちゃ学校の校門前なのであるが…。そんなとき、バシッ、という音が聞こえた。 「何、校門前で人襲ってんだ松本。」 それは聞き慣れた声だったので、は必死に顔を、松本と呼ばれた女の人の胸から出してそちらを見た。聞き慣れた声だけではなく、見慣れた顔もそこにあった。冬獅郎だ。彼は訝<いぶか>しげな表情を浮かべて彼女を見ていた。彼の格好はジャージ、いわゆる部活動スタイルである。額には薄っすらと汗をかいている。どうやらロードワークに出ていたらしい(そして今帰ってきた、と)どうやら凶器になったらしいタオルを手に持っている。 「松本先輩でしょー冬獅郎くん。」 「うるせぇ、麦茶に砂糖入れる奴を敬う気はねぇ。」 砂糖入りの麦茶っていうのは何だろうか。そこが微妙に気になったではあったが、とりあえず疑問を口には出さないでいた。どうやら松本という女の人は冬獅郎の知り合いのようだ。彼は解放されたを見ると苦笑いを浮かべた。そっと彼女の髪に触る。 「あーあ、ぐちゃぐちゃだな髪。」 「だ、大丈夫。」 特にセットしていないらしい。年頃の女子として、それはいかがなものかとは思うが。冬獅郎はまた苦笑しながらポンポンと彼女の頭を軽くたたいた。それを見ていた松本が何か思いついたようにポンッと手を打った。 「もしかして冬獅郎くんの彼女!」 「ちげぇよ。」 冬獅郎は訝しげな顔をして松本に言った。それでも彼女はニヤニヤしながら何やら、やるー、とか、照れないの、とか言いながら、冬獅郎の言うことはまったく聞き入れていないようだ。は話がよく分かっていないようで首を傾げていた。 「ってか可愛い子じゃない、どんな関係なの?」 「最近、俺ん家に居候することになっただけだよ。」 「ってことは、同じ屋根の下じゃない!」 松本は嬉々とした声をあげた。どうやら何が何でもそういう色恋系の方向に話を持っていきたいようだ。それを分かった冬獅郎は額に密かに青筋を浮かべているようだが、慣れているのか松本は全然気にしているようでもなかった。彼女はの方を見ると、またにっこりと笑いかけた。視線を彼女に合わせて言う。 「名前は?私は、松本乱菊よ、三年生。」 「え、あの…。」 「松本、こいつ、実は極度の人見知りで…。」 「あの、…、です…。」 戸惑いがちだったがは松本に自己紹介をした。それに冬獅郎は少し驚いているようだった。自分だって雷事件の後も少し話し辛いような雰囲気を出されていたというのに、赤の他人である松本に戸惑いがちであるがその日のうちに自己紹介ができるなんて。ちょっとしたジェラシーのようなものを(無意識だが)感じたが。 「ちゃんねー、名前も可愛い!」 もう一度松本がを抱きしめようとしていたが、それを読んでいた冬獅郎はサッとの手を引いて避けさせた。未遂に終わってしまったことに松本は少し不服そうだった。が、そのとき何だか賑やかな声が聞こえてきた。冬獅郎は嫌そうな表情をおもむろに浮かべた。この声は、聞き覚えがあるとか聞き慣れているとかのレベルではない。 「ちゃーん!」 近付くにつれて両手を大きく広げて走ってくる人物。速い、いや、物凄い速さでこちらに向かってくる雪獅郎。の危険を感じた冬獅郎はまたも彼女の手を引いて上手に彼から避けさせた。加速の所為か上手く止まれなかった雪獅郎は何とか道路に出る前に踏みとどまることができたようだ。を無事に守れたことに冬獅郎はホッと肩を撫で下ろした。 「何だ冬獅郎、邪魔すんなよ。」 「つぅか見たら抱きつく習慣をつけるんじゃねぇ。」 見た目同じ双子、中身正反対の双子。外見が整い、良いだけに双子というのも加えてかなり目立つ。道を歩く人たちがチラチラと彼らを見て行く。それに自分への視線もあることに気がついたは思わず近くにいた冬獅郎の背中にそっと何気に隠れてみたりする。 「大丈夫だっての、誰もとって食やしねぇよ。」 「分かんないぞ、ちゃん可愛いから。」 「むしろ危険なのはこいつだ、憶えておけ。」 「ひでー、弟に対してあまりにも酷すぎる!」 聞きようによっては仲の良い双子の会話のようにも思える。はキョトンとした表情で彼らを見る。 「相変わらず、女の子に見境ないわね雪獅郎。」 「ちゃんは特別…って、ま、松本、先輩…?」 雪獅郎はここで初めて松本の姿に気がついたらしい。彼は突然ロボットのようにギギギと体を動かすとニコニコと笑っている松本と目線を合わせた。 「今まで気づかないなんていい度胸してるわね。」 「えっとまぁ、美しすぎて神々しすぎて見えないとか…。」 「ふぅん。」 松本の笑みはなぜか雪獅郎の冷や汗を誘う。彼はハハハと空笑いを零しつつ、体の向きをグランドへと向ける(これまたロボットのような動きだったが)どうやら彼はバスケ部の練習を(の姿を見つけたため)一時的に抜けてきていたようだ。ちなみに、冬獅郎はロードワークを終えて戻ってきたところだった。もうひとつちなみにいうと、松本はさきほど学校に来たとこだったらしい。 「じゃ、じゃあ俺はバスケ部に戻るんで…。」 「あ…。」 「じゃあまたねちゃん!」 「(頑張ってって、言いそびれちゃった)」 松本は必死に走って逃げたような雪獅郎の背中を見て、可笑しそうに笑っている。それを不思議そうに見ているの肩を冬獅郎がたたいた。そして、そっと耳打ちをする。 「雪獅郎、松本が苦手なんだとよ。」 あの女好きがだぜ、と冬獅郎が言ったことにはちょっと可笑しく思えてしまった。冬獅郎と雪獅郎コンビとは違った感じでいいコンビだと思えた。と、そこで彼はハッとした。 「っと、そろそろ他の奴らも戻ってくるか。」 「え、何、今日もダントツ一番に戻ってきたの?」 「ズルなんてしてねぇからな、つぅかお前は堂々と遅刻をしてるくせにこんなところで悠長にしてんなよ。」 どうやら松本はサッカー部のマネージャーのようだ。自分が遅刻していたのを思い出した彼女は手を打って、あぁ、と声を出した。どうやら今までその事実をすっかり忘れていたようだ。 「どうする、見ていくか?」 「あ、ううん。」 「一人で帰れるか?」 「うん。」 持っている地図を出すと冬獅郎は少し安心したようだった。実は此処に来るまでに一時間近くかかってしまったのだが、その事実は黙っていた。言ったなら意外に心配性である冬獅郎のことだ、有無を言わさずに待っていろと言われるに違いない。時間的には部活はあともう少しで終わるようだが、人見知りがある分、待っているなんて目立つこともしたくない(私服だし、目立つことは否めない)彼女は小さくコクリと頷いた。 「部活頑張ってね。」 少し早口だったがハッキリと言えた言葉。は内心嬉しさを感じたが、何だか不思議とちょっと恥ずかしくもなり、すぐに背を向けて歩き始めた。そんな彼女の背中を呆然と見ていたのは冬獅郎だった。まさか、応援の言葉をかけてもらえるとは思ってもいなかったのである。何だか、ちょっと心臓の音が早くなってしまったような気もするが。 「(う、嬉しいかも)」 ちなみに、地図を見ながらではあったはずなのだが、帰るのには行きよりも時間がかかってしまったは、冬獅郎の方が先に家に着いてしまったようで、帰宅早々注意を受けてしまうことになってしまったのである。 |