けたたましい叫び声のようなものが響く。現れたのは巨大なる怪物、名称を虚<ほろう>という。元々は人間の魂が、あるきっかけで転じたもののことをいう。それは一生懸命に地面を蹴り、逃げている人間を醜い笑みを浮かべて追いかけている。追いつこうと思えばすぐにでも追いつけるであろう、だが、そうはせずに、まるで遊んでいるかのようにジワリジワリと距離を縮めていく。壁際に追い詰められ人間は短く悲鳴をあげた。虚はニタリと笑い大きな腕を人間目掛けて振り下ろした。だが…。



「弱いもの苛めはそれくらいにしろ。」



ドン、という音とともに虚の、今にも振り下ろされようとしていた腕が弾けとんだ。突然の攻撃に虚は振り向いた。屋根の上には、赤いTシャツとジーパンというラフな格好をした、栗色の髪を風になびかせる小さな少女が立っていた。彼女はニッと口の端をあげて虚を見ている。虚は一瞬面食らったようだが、すぐに醜い笑みを浮かべた。



〔お前、死神かぁ〕

「死神違うぞ。」

〔ならば俺が倒せるわけはねぇ〕



普通死神というものは黒い着物、死覇装を着ているものだ。そして、必ず斬魄刀という刀を持っている。それを虚は知っていた。それというのもその虚は何度か死神と対峙し、幾人か喰らっているからだ。目の前の少女は死覇装を着ていないし斬魄刀というか小刀さえも持っていない。手に持っているものは、小型の拳銃のようなものだ。だが、霊力はあるのだろう、虚は少女を見てから満足そうな表情を浮かべ舌舐めずりをした。



「倒せるか倒せないかは…。」



少女は屋根から大きくジャンプをした。虚の腕をヒラリと上手い具合に避けると電柱を使って素早く方向転換をする。背を向けている虚に向けて拳銃を構えた。



「終わってから決めろ!」



ドン、とまた音がしたが、今度は一発目と威力が違った。弾が虚の額に命中するとそこに亀裂が走り、音をたてて虚の体が崩れていく。叫び声が聞こえる中、消えていく虚と向き合い、少女は今までの態度とは180度変わり、ペコリと浅くはあったがお辞儀をした。まるで、虚を見送るかのように。虚の姿が見えなくなると、少女は追いかけられていた人間のもとに駆け寄った。恐ろしい目にあい、彼は酷く怯えているようだ。



!」



人間に何か声をかけようとしていたとき、少女は名前を呼ばれ、その方を向いた。そこには黒い着物、死覇装を着たオレンジ色の髪の青年が息をきらせてそこに立っていた。は彼を見てニッと笑った。



「遅いぞイチゴ。」

「遅いじゃねぇよ。」



そう言われた瞬間、は頭に衝撃を受けた。どうやら、イチゴ(本名は黒崎一護という)に刀の柄で叩かれたらしい。彼女は何やらちょっと不服そうに怒っているようだ。だが、黒崎はそれを気にしていないようで、怯えている人間のところへと近寄った。急に近付かれ、人間は短くて小さな悲鳴をあげる。



「悪いことはしやしねぇよ、成仏しろ。」



人間の額に斬魄刀の柄を当てた。すると額には"死生"という印のようなものが押され、彼の体は何かに吸い込まれていった。これは魂葬(魂を尸魂界に送ること)である。追いかけられていた人間はもう既に命を失っていた者であり、日々魂を求めている虚に運悪く狙われてしまったのである。



「魂葬できねぇのに先に行くな。」

「仕方ないだろ、私は死神じゃない。」

「俺だって"代行"だ。」

「私は代行ですらない!」

そこは大きく主張するもんじゃねぇだろ!



大きな声で言われては顔をしかめて耳を塞いだ。彼女よりも見た目が幾分か年上と見られる彼は、夜間だということにも関わらず大きな声で彼女に説教染みたことを言っている。とは言っても、死神代行である黒崎の声は言わば霊体であり、霊力の強い稀<まれ>な人間にしか聞こえないのだから近所迷惑にもならない。それを知っているからこそ彼だって堂々と町中で声をあげているのだ。



「だいたい俺以外の死神に見つかったらどうすんだよ!」

「イチゴは死神"代行"だろ、死神じゃあない。」

「揚げ足とんな!」

「いたっ。」



あまり力の入っていない拳骨のようだが、が微妙に避けようとしたため当たり損なって逆に痛かったようだ。予測のしていなかった事態に彼女は瞳に薄っすらと涙をにじませる。黒崎はそんな彼女に小さく溜息をつくと、苦笑いを浮かべて当たった箇所を優しく撫でてやる。彼には妹が二人いるため、そういう行動は自然とでてくるのかもしれない。もっとも、彼が抱いている彼女への感情が全て妹愛の感情だとは限られないのかもしれないのであるが。



「浦原さんも言ってたろ、見つかったら強制帰還だぞ。」

「嫌だ、私はこっちのが好きだ。」

「そうだろ…だから…。」

「昼飯にも夕飯にも無事ありつける。」

「…おい。」

「向こうじゃ、腹が減る奴なんてほとんどいないくせに食べるものはあんまりないし、山で猪を川で魚を…。」

「…おいおい、猪まで食ったのかよ。」



話の流れからして、彼女は格好は別にしてここの人間ではないらしい。どうやら俗に言う死人のようだ。尸魂界にも色々ある。死神たちの住まう、どちらかといえば栄えている瀞霊廷。そして、東西南北四つに分かれ、さらに1〜80まで地区分けされていて、数字が大きいほど治安が悪いと言われている流魂街。どうやらは流魂街の方で育ったらしい。人間でありながら死神代行であり、尸魂界をほどほど知っている黒崎はそう悟った(それでも狩猟民族をやってのけた例は聞いたことがなかった)



「とにかくイチゴ、腹が減ったぞ。」

「…前の文と全然繋がってねぇよ…。」



そう言いながらも毎回夕食をとってあげている黒崎は非常に優しい人間だと伺える。いつもの如く、は食にありつけることに嬉々としながら黒崎の後ろをついて黒崎家へと行くのだった。これが日常、これが普通だった。そんな日常がこれから崩れてしまうことを…彼女はまだ知らない。自分が昇華した虚が、結構名高かったことを死神ではない彼女が知るはずもないのだから、それは仕方のないことだったのかもしれない。月が雲から姿を現していく…。




















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「捜索されていた虚が倒された、だと?」



尸魂界、瀞霊廷。もっというならば護廷十三隊十番隊舎。そこの執務室で筆を握っていた少年が一時間ぶりに顔を上げた。彼に話しかける人物よりも幾分か幼げなものの白い羽織をまとい、背中に十を背負っている。彼は目を見開き、筆を机に置いた。



「強いて言うならばその内の一体が、です。」

「それは十番隊<うち>の担当だったはずだろ、まだ討伐隊は着いてねぇと連絡があったんだが。」

「空座地区ですから他の隊でもないですね。」

「と、なれば…黒崎一護か?」



黒崎は死神代行としてここ数年活動している。死神たちももちろん彼の存在については知っている。だが、変だな、と少年は頬杖をついてこぼした。黒崎には伝令神機を渡していて、要請なしの虚との戦闘になった後はそれを使い、相手が誰であろうと文句を言ってくるはずだ(自分の管轄くらいキッチリやりやがれ、など)その経験が何度もある。



「ここ数年、そういうの多いんですよね。」

「そういやここ数年、空座町付近の昇華率がいい。」

「これってうちが楽できるってことですね日番谷隊長!」

「そうじゃねぇだろ。」



日番谷と呼ばれた少年は目の前で嬉々とした声をあげる女性に呆れたような表情を浮かべた。管轄地区はローテンションでまわっている。黒崎の住まう空座地区は今、日番谷が率いる十番隊の管轄となっているのだが。彼は神妙な表情を浮かべ、立ち上がった。置いていた斬魄刀を手に取る。



「何かひっかかるな…。」

「あれ、隊長お出かけですか、それならお菓子でも。」

「松本…残業するか?」



結構です、と松本と呼ばれた女性は首を横に振った。彼女は彼女で冗談を言ったにすぎない、だいたい彼の行動なんて読めている。上司部下としての長い付き合いだ。彼は現世へと赴くために穿界門<せんかいもん>へと向かうことは分かっている。日番谷もそれを分かっているのか、戻るまで頼む、と一言だけ言って執務室を後にした。



「さぁてと、明日はどうしよーかしら。」























コメント

投稿した雨企画の主イメージのシリーズ。
とりあえず、死神もどきから死神になるまでのお話。
短いはずです、シリーズ話一話一話は。

クラブ→三つ葉のクローバー
幸せまでもうちょっと、の意味のつもり。
もしくは、ほんのり幸せの意味のつもり。