
「斑目が負けた?」 日番谷は少し驚いたような声をあげた。 各隊の配置が落ち着き、一時的に松本が現状を報告しようと十番隊舎に戻ってきていた。 最も、血気盛んな十一番隊が自分の配置以外も確保している為、落ち着いているとは言い難いが。 「はい。」 「斑目を倒すとは…相当な手練<てだれ>のようだな。」 「私もそう思います。」 松本は横目で未だ眠っているを見た。 何処か魘<うな>されているようにも見える。 彼女は眠り続けていた。 まるで、眠りの世界に捕まっているように。 深く、深く、堕ちているかのように。 「隊長、隊長、待って下さい。」 誰かが瀞霊廷内の廊下を足早に歩いている。 困ったように呼ぶ声が聞こえ、彼女は振り向いた。 ぜぃぜぃ言いながら追いかけてくる死神。 彼女は口の端を上げた。 貴女は…だぁれ。 「相変わらず鈍いな、お前は。」 「た、隊長が早いんですよ。」 「アタシは隊長だからな、トロトロしておられん。」 「それなら溜まった書類も早急に頼みますよ。」 「それは嫌だ。」 その答えに部下らしき死神さんは顔をしかめた。 彼女はそれを見て、楽しそうに笑った。 ここは何処…。 尸魂界…瀞霊廷? 隊長と呼ばれた女の人の羽織には"十"とある。 あれ、可笑しいな。 十番隊の隊長は冬獅郎ちゃんのはずなのに。 「隊長。」 聞き覚えのある声が聞こえた。 隊長と呼ばれた人のところに駆け寄る女の人。 長いあめ色の髪の…あれは、乱菊ちゃん? どうなってるの。 十番隊の隊長は冬獅郎ちゃんじゃなくて。 それでも乱菊ちゃんは隊長と呼んでいて。 分からないけれど。 2人はとても楽しそうに話していた。 「書類…溜まってるんスけど。」 次もまた、聞き慣れた声だった。 銀髪で、背が小さくて。 今まで見た彼より、もう少し小さくて。 深い碧色の瞳をした、冬獅郎ちゃん。 「とーしろー!」 「日番谷副隊長!」 どうやら、冬獅郎ちゃんは副隊長らしい。 彼は思い切り眉を寄せた。 「俺は"とおしろお"じゃなくて"とうしろう"」 「まぁまぁ気にするな、隊長命令だ。」 「そういうのを職権乱用て言うんスよ。」 思い切り嫌そうな顔をした彼。 隊長さんは気にしていないようで、頭を撫でた。 彼女と冬獅郎ちゃんの身長差は十分にある。 お姉さんと弟さんのようにも見える。 それを嫌がる彼も、別段本気じゃないように見えた。 乱菊ちゃんも笑っている。 何だか、幸せそうだ。 が、そのとき一瞬暗転した。 場所が…変わった? 「隊長っ!」 「どうして、どうしてアタシは…ッ。」 「隊長…、貴女の所為じゃ…!」 自分の両手を見た。 赤。 赤。 赤。 その色は。 あまりにも鮮やか過ぎた。 「!」 強く名前を呼ばれ、彼女は体をビクリと強く震わせて見開くように、目を開けた。 見えるのはもう見慣れ始めた天井だった。 「、大丈夫か?」 「うん、だいじょう…!」 少し落ち着いてきたは、話しかけてきた声の主が日番谷だという事も分かっている。 彼女は体中酷い汗をかいていたが、何もなかったかのように、いつもの笑みを浮かべて答えようとした。 が、それは出来なかった。 黒い死覇装に赤いものがついているように見えた。 実際にはついていない。 赤 赤 赤 「ひっ…い、嫌ぁぁぁッ!」 「おいっ!」 自分の手が赤いのではないか。 自分の体が赤いのではないか。 返り血を浴び、自分自身が赤いのではないか。 彼女は一心不乱に自分の体を払うように手を動かした。 もはや視界が全て赤く染まったような。 「、っ!」 日番谷は必死に彼女の名を呼んだ。 しかし、彼女にその声は届いていないのだろう。 何が起こったのか分からない、彼は眉間に皺を寄せた。 それと同時にどうしたら良いのかと冷や汗を流した。 そんな彼を制して、に近づいたのは松本だった。 「、しっかりしなさい! 貴女の体に血なんてついていない! 貴女は赤く汚れてなんていないのよ!」 肩を強く掴まれ。 強い口調で叫ぶように言われ。 はようやく前を見た。 目の前には、真っ直ぐに自分を見る松本がいた。 自分の体を払う手を止め、その手で松本に触れた。 「ほん…と?」 「えぇ、本当よ。」 松本の言葉に、は安心したかのように涙を零した。 ぎゅっと強く、それでいて優しく抱きしめる彼女の温もりが、何処か懐かしく感じ、は静かに目を瞑った。 松本はの異変に勘付いた。 彼女は一度見ている。 が、こんな風に取り乱した場面を。 そう、たった一度の姿を。 「ごめん、ごめんなさい…乱菊ちゃん。」 「いいのよ…。」 この言葉の意味も。 松本には伝わっている。 彼女は静かに頷いた。 「無理に思い出さなくても、いいの。」 を日番谷は見た。 しかし、彼は眉間に一層深い皺を寄せた。 "彼女は亡くなったはずだ" 誰が言ったのかは覚えていない。 けれども、誰かがハッキリとこう言った。 それを思い出して彼は孤独を感じた。 そして、少しずつ疑問に思っていた事が露わになる。 もどかしい気持ち。 「(俺は…何かを忘れている…)」 |