
十一番隊第三席、斑目一角との勝負を制した黒崎。 彼は何処か何処かも分からないまま走っていた。 それもそのはず。 知らない場所で同じような白壁が続く。 普通の人ならば迷っても仕方がない。 「一体何処まで逃げ回ってるんだ岩鷲の野郎。」 行けども行けども目的の人物は見つからない。 元々彼はそんなに気が長い方ではない。 少しずつ苛々度を溜めてきた彼は、足を止めた。 らちが明かないと思ったのだろう。 彼は大きく息を吸い込んだ。 「ごらぁぁ岩鷲ー何処にいやがるー! 花火でも上げてアピールしやがれぇぇ!」 と、叫んだとき。 何処からか視線を感じた。 そっちを見たとき、数人の真面目とは言い難そうな見た目の死神が数人しゃがみ込んでいるのが目に入った。 双方口を開けて見詰め合う。 「しまった、俺がアピールしちゃった。」 なんて気づいても後の祭り。 黒崎は慌てて走る。 自分よりも弱い者でもイチイチ相手していられない。 彼は何処に向かうとか関係なしに走らざるを得ない。 「ち、畜生岩鷲!何処行きやがったぁぁ!」 「野郎ぉ待ちやがれぇ!」 「観念しろぉ!」 ドタバタと激しいものだ。 追手は諦めずに追いかけてくる。 またも苛々度が上がってきた黒崎。 叩きのめそうかと思っていたときだった。 何かを感じた。 立ち止まり、目の前の建物を見上げた。 「止まったぞ!」 「観念したかぁ!」 「やっちまえ!」 騒々しく追いかけてくる死神達を一瞬で地に伏せる。 倒れた者達を気にせず、いや、もはや自分が追いかけられていた事すらどうでもよくなったのだ。 黒崎は建物を見上げる。 そして、地面を強く蹴った。 「見つけたぜ…。」 彼の目に映るもの。 それは、建物の窓から空を見上げる少女。 も黒崎の存在に気づいたのだろう。 窓から見下ろし、大きな目を更に大きく見開いた。 「一護…ちゃん。」 「待たせたな、、今度こそ…。」 黒崎はに手を差し出した。 届くはずはない距離なのだが、それでも。 彼女も自分の手を伸ばしたが、そこでハッとした。 手を引っ込めると、窓から身を乗り出した。 「一護ちゃん逃げて!」 「なっ。」 「早く!」 次の瞬間、何かの影が動いた。 それは迷いなく黒崎へと向かっていた。 しかし、彼の元へはたどり着けなかった。 その人物が振り上げた刀は、が受け止めたから。 彼女は彼の攻撃から黒崎を守るように立ちはばかった。 「退け、。」 「退きません。」 日番谷は斬魄刀を握る力を強めた。 それでも、は退かなかった。 後ろでは黒崎が目を見開いていた。 何が起こったのかなんて、一瞬過ぎて分からない。 ただ、自分を守るようにが斬魄刀を抜いている事。 それと。 目の前のと対峙している少年の霊圧の凄まじさ。 それは身体を刺すように伝わった。 「!」 黒崎は彼女の元に駆け寄ろうとした。 だが、それは出来なかった。 「早く行ってっ。」 「馬鹿やろぉ、行けるわけ…「行って!」 彼女がそれを望まなかった。 「ルキアちゃんの処刑…迫ってる。」 「分かってる、だからお前を助けた後に。」 「私…戻れない。」 思わぬ言葉に、黒崎は鈍器で叩かれたような衝撃が全身にきたようなショックを感じた。 思わず耳を疑った。 それでも、彼女の声は冗談さを感じさせない。 彼女は本気でそれを言ったのだ。 「何言って…。」 「私は、一護ちゃんとは…みんなとはきっと、違う。」 「。」 「ルキアちゃんを助けて…お願い…。」 「!」 強い声に、の体が一瞬ビクリと震えた。 彼の声は怒りを帯び、同時に悲しみを帯びていた。 「人間とか、死神とか、どうでもいいじゃねぇか… 俺が聞きてぇのはお前が戻りたいのかどうかだ!」 彼は怒っていた。 彼は悲しんでいた。 それは声となってに届いた。 揺れる気持ち。 揺さぶられる心。 彼女は斬魄刀を握る手の力を強めた。 「戻りたい!」 彼女の気持ちに反応するように、風が強く吹いた。 それに吹かれ、彼女の黒紅色の髪がなびく。 その首元にある限定霊印は確かに存在している。 しかし、彼女の霊圧は確かに強くなった。 「おじいちゃんに、たつきちゃんに、皆に…会いたい。」 彼女の声は、小さかった。 しかし、その声はまるで風に吹かれたように黒崎の耳に一文字も逃すことなく届いた。 彼は口の端を上げる。 「初めからそう言えよ…そうと決まれば。」 黒崎は参戦しようとしていた。 が、再びはそれを止めた。 「待ってる。」 彼女の言葉は、優しく届いた。 振り向いたは、柔らかく微笑んでいた。 「ルキアちゃんを先に助けて、私、待ってる。」 「…。」 「大丈夫、私、絶対に殺されたりしませんから。」 彼女の意外なるところ。 頑固なところがある事を、彼は重々知っていた。 ただ。 "待ってる" その言葉に心の何処かで安堵した。 その言葉を、強く信じる。 「絶対に、迎えに行くからな…!」 「うん。」 そう言うと黒崎は背を向けた。 向かう場所がある。 尸魂界に来た目的は、とルキアの奪還。 もうひとつの目的を忘れてはいない。 彼は彼女の言葉を強く信じ、駆けた。 「待て!」 日番谷は黒崎を追おうとした。 が、は決して退こうとはしない。 彼の心を黒い靄<もや>が侵食していく。 眉間の皺を一層深いものにした。 その苛立ちの、解消法など分からない。 "待ってる" "迎えに行くからな" その言葉は頭に残り離れない。 彼は斬魄刀を強く、強く握った。 「退けって言ってるだろうが!」 「…貴方達を戦わせたく、ないんです。」 「煩い、俺はッ!」 その小柄な体の何処から出るのか。 凄まじい力に、は刀を弾かれる。 それでも彼女は痺れが走る手を堪えた。 一歩後退し、斬魄刀を空に掲げた。 刀身が蒼白い光を帯びていったとき。 の霊圧が更に上がった。 「天<あま>つ空に瞬<またた>け…箒星!」 日番谷は目を見開いた。 彼女は今、斬魄刀の名前を呼んだのだ。 それは、斬魄刀の始解。 「ほうき…ぼし…?」 「私の斬魄刀の名前です、冬獅郎ちゃん。」 「まさか、始解を。」 「一護ちゃんを傷つけさせたくない、それに。」 「…。」 斬魄刀の始解。 それには彼女の決意がある。 そして、その決意は。 黒崎一護。 彼の為のものだ。 日番谷は左手を強く、爪が喰い込む程強く握った。 赤い鮮血が腕に伝った。 は顔を上げ、真っ直ぐに日番谷を見た。 「冬獅郎ちゃんも…です。」 彼女は酷く哀しげに彼を見た。 その表情に日番谷は胸が痛むのが分かった。 それでも、旅禍(黒崎)を追わなければ。 それは命令によるものではない。 彼に課せられた重要な命令は、を奪われない事。 だが、彼の心は、もはや命令によるものではなく。 「お前を奪い返されるわけには行かねぇんだよ。」 消えるな。 逃げるな。 失いたくない。 手の届く処にいろ。 俺の前からいなくなるな。 |