
「…どういう事だ、藍染…市丸…いつからグルだった。」 目の前で血を流し倒れている幼馴染の雛森。 市丸に捕らえられている想い人の。 日番谷は沸き起こる怒りと密かな遣る瀬無さを感じる。 少しずつ疑問が自分の中で自分なりに暴けていく。 そんな彼を見て藍染は笑った。 「最初からさ。」 「てめぇが死を装うより前って事か藍染…。」 「理解が遅いな最初からだよ。私が隊長になってからただの一度も彼以外を副隊長だと思った事はない。」 それでは、と日番谷は更に込みあがる怒りを感じる。 現副隊長である雛森。 五番隊の隊員達。 護廷十三隊の者達。 そして、自分も、彼は最初から騙していたのだ。 「君達が理解していなかっただけだ…本当の姿をね。」 「理解して…なかっただと…?」 雛森は藍染に憧れていた。 藍染に憧れて護廷十三隊に入り、藍染の役に立ちたいと死に物狂いで努力して副隊長の座についた。 日番谷から発せられた言葉に藍染はただ微笑むだけ。 そして、静かに口を開いた。 「知っているさ、自分に憧れを抱く人間程御し易いものはない、だから僕が彼女を部下にと推したんだ。」 「な…。」 「良い機会だひとつ憶えておくといい日番谷くん。 憧れは理解から最も遠い感情だよ。」 何て穏やかな表情で酷な言葉を紡ぐのだ。 は怒りや哀しみを一瞬忘れ、呆然とした。 だが、それは本当に一瞬で、一筋の涙がまた零れた。 自分の手を強く強く、それこそ痛みすら忘れてしまったかのような程強く握り締める。 "すまない、驚かせたようだね" あの優しい言葉をかけてくれた人物はもういない。 否、最初から"存在していなかった"のだ。 は袖で涙を拭うと、キッと藍染を睨んだ。 ルキアの処刑も彼の企みのひとつに過ぎない。 彼が企まなければ誰も傷つかずに済んだかもしれない。 「縛道の一、塞。」 は静かに、呟くように言った。 放たれた鬼道に、彼女を捕らえていた市丸の両腕が一瞬にして彼女の体から離れた。 解放されたは瞬歩で日番谷の方へと向かう。 彼の手が彼女へと伸ばされた。 だが、彼らの手が触れ合う事はなかった。 「藍染!」 背後から藍染が現れ、は再び捕らえられる。 彼女の動きが遅いわけではない。 動きは尸魂界の死神の中でも指折りだろう。 ただ、彼の動きはあまりにも速過ぎた。 藍染は彼女を捕らえ柔らかく微笑んだ。 「駄目だよ、君を手放すわけにはいかないな。」 「放してッ。」 鬼道により両手の動きを封じられ、は再び藍染の手から市丸へと移り、捕われた。 微動だにできない両腕。 は悔しさによる衝動で唇を噛んだ。 「驚いたな、もう鬼道が使える程だなんて。」 「僕も驚きましたわ、流石はちゃん。」 日番谷は驚かなかった。 は山本でもある。 長い時間ではないが一番近くにいた自分はよく分かる。 消えていた記憶を取り戻した今、分からない事はない。 斬魄刀の始解できる彼女が鬼道を使えても可笑しくない。 頭ではなくその魂が"山本"を思い出している。 だが、それは完全ではない。 日番谷は再び捕われたの姿に眉を寄せた。 「をどうするつもりだ、藍染!」 雛森はきっと戸惑いもなく貫いた。 どうしてを捕らえる必要がある。 安堵と困惑と焦りが入り混じったような感情。 殺されないとは限らない。 だが、もしかして…と日番谷は考える。 そんな彼の心情を理解しているのか、藍染は笑った。 「僕らと一緒に来てもらうのさ。」 「なっ!」 「彼女は計り知れない力をもっている、それに…。」 藍染はの傍まで歩み寄り、彼女の黒紅色の柔らかい髪を一束掬<すく>い上げた。 そして、彼は警戒心をむきだしにしている彼女に穏やかな微笑みを浮かべるとその髪に軽く口付けた。 予想外の行動にも日番谷も驚きを隠せない。 「僕には彼女が必要なんだよ。」 「僕ら、ですわ藍染隊長。」 少しだけ不服そうな市丸に藍染は笑う。 は話が見えず、ただ呆然とした。 目の前には雛森が伏していて。 どうしてこんな状態で穏やかに笑えるのか。 今まで感じた事のない感情に任せ、彼女は力任せに封じられた両腕を動かそうとした。 だが、そこからは血が滴るだけで自由にはなれない。 阿散井のときのように歌を紡ごうにも声が出せない。 「を放せ!」 「それは出来ない相談だ。」 「なら…。」 彼女を取り戻すには、方法はひとつだけしかない。 日番谷は素早く背中にある斬魄刀を抜いた。 次の瞬間建物の壁が大きな爆音と共に破壊された。 だが、藍染達は慣れた様子でそれを避けた。 先程までと比べ物にならない程の霊圧が放出される。 溢れた霊圧が創り出す水と氷の竜。 初めて見た彼の卍解には驚きを隠せない。 彼女の中の隠れてしまっている記憶さえも、彼のその姿を知らない、とでもいうように鼓動が速くなる。 だが、藍染は未だに笑みを浮かべていた。 「藍染、俺はてめぇを…殺す。」 彼の穏やかな笑みは、歪んだ笑みへと変わる。 市丸に下がるように合図すると彼は静かに口を開いた。 「あまり強い言葉を遣うなよ、弱く見えるぞ。」 それは蔑みの言葉。 日番谷は最早それに怒りは感じない。 ただ目の前の敵を斬る事だけを考えた。 振り下ろされた刀は確実に藍染を仕留めた。 …はずだった。 「冬獅郎ちゃんッッ!」 ----- 一方。 朽木との戦いに勝利を収めた黒崎は、満身創痍だった。 駆けつけた井上により傷は治りつつある。 石田も茶渡も岩鷲も傷はあるものの無事だ。 彼はそれだけで安堵感に浸れた。 ただ、気になる事は。 「朽木さんは…?」 「あいつなら恋次と一緒だ。」 「恋次って、あの!」 石田が焦りを露わにしたが、黒崎はやんわりと説明した。 阿散井がルキアの幼馴染であり、彼女を助けたがっていた事、双極を破壊した後、彼女を彼に託した事を。 それにより彼らは納得した。 「次はだな。」 黒崎の言葉に、井上が顔を俯けた。 は涅に襲われている彼女らの前に姿を現した事、十一番隊の隊舎の一室に2人で眠っていた事、彼女は自分が眠っている間に姿を消してしまった事を、彼女は黒崎に話した。 "ひっつんが戦ってるとか言って行っちゃった" 草鹿の言葉に井上は驚いた。 手の届くところに、隣にいたはずなのに。 気づけば彼女は自分から去ってしまっていた。 井上は申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。 そんな彼女の肩に黒崎は優しく触れた。 「井上が気にする事じゃねぇよ。は、こっちの人間でもあるから…色々あるんだろ…。」 「黒崎くん…。」 黒崎は顔を少し俯けていたが、すぐに顔を上げる。 彼女との約束の言葉はちゃんと残っている。 彼女の微笑みはまだ覚えている。 彼は、空を掴むように手を伸ばした。 ぐっと力を入れて握る。 ひっつん、とは十中八九あのときの少年の事だろう。 銀髪の少年の顔が脳裏に浮かぶ。 彼は必死にを奪われまいと自分を睨んでいた。 直感で分かった。 "こいつはを想っている" それと同時に何処か安堵した。 "殺される心配は絶対にない" "ルキアちゃんを先に助けて、私、待ってる" 「先にルキア達と合流しといた方がいいな。」 彼はとの約束を思い出して呟いた。 体を勢いよく起こす。 そして目を瞑り、阿散井の霊圧を探る。 それと同時に今まで感じなかった霊圧を微かに感じる。 これは、のものだ。 "私、待ってる" 黒崎は首を横に何度か振った。 やるべき事がある。 それを蔑<ないがし>ろにして駆けつけても喜ばない。 彼はゆっくりと空を仰いだ。 「(無事でいろよ…)」 |