- vol.35 解放された力と限界と未知 -

















何が起こったのか。
一瞬分からなかった。



冬獅郎ちゃんッッ!



日番谷の斬魄刀により氷壁と化した壁により彼女の悲痛の叫び声が異様に響き、こだましていく。
絶対に動けないはずだった、完璧な鬼道だった。
それが嘘であるかのように彼女は市丸の腕から逃れた。
そして瞬歩で彼に駆け寄る。
氷に包まれ、彼は微動だに動かなかった。
だが。



「…生き…てる…?」



微かながら霊圧を感じる。
零に近いものだが、それでもは確かに感じた。
逃れたに驚きつつも藍染達は彼女に歩み寄る。




「流石だな…もう息はないと思ったが。」

「駄目…来ないで。」



の声をやんわりと拒み、彼は近付いてくる。
日番谷を亡き者にする為に。
それが分かった彼女は腰の斬魄刀に触れた。
その瞬間、封じられていた霊圧が一気に放出された。

ぱぁぁん

何かが弾けたような音と共に。
を淡い光が包む。
それに目を見開いたが、彼女は迷う事なく刀を抜いた。
刀身が蒼白い光を帯びる。



天つ空に瞬け…箒星!



斬魄刀"箒星"
藍染は懐かしそうにそれを見た。
であろうと山本であろうとそれは変わらない。
相変わらず輝かしい刀身のそれに思わず息を呑んだ。
彼女は日番谷を守るように彼の前に立った。



「(…)」



微動だに動く事は出来ない。
だが、日番谷は辛うじて意識を保っていた。
今にも切れてしまいそうな糸のような意識だが。
自分の前に立ちはばかる彼女の姿が二重に見えた。
今の彼女よりも背が高く、羽織を着た人物。



「(駄目だ…)」



"お前を死なせやしない"
"全て…忘れてしまえばいい"
蘇る忘れていた最後の記憶。
自分の腕の中で血塗れの彼女は微笑んだ。
これでいい、と笑った。
過去と現実が入り混じる。
止めたいのに体が動かない。
叫びたいのに声が出ない。
"やめろ やめろ やめろ 死ぬな"
嫌な映像が彼を侵していく。



「相変わらず素晴らしい霊力だ、…。」

「私は…冬獅郎ちゃんを守ります。」



は箒星を握る手の力を強めた。
抑えられていた霊圧のいきなりの放出。
正直、体が悲鳴を上げている状態。
だが譲れない強い想いだけで彼女は立っていた。
すぅっと息を吸い込む。



〔やめろ!お前の体はまだそれについていけない!〕



箒星の声が彼女には聞こえた。
彼は一心にを止めようとしている。
だが、彼女はそれを受け入れようとはしなかった。

"お前を死なせやしない"
"全て…忘れてしまえばいい"
"…俺は…"

何かの映像が彼女の脳裏を過ぎった。
血塗れで微笑むのは自分なのか。
涙を流し自分を抱えているのは日番谷なのか。
は強く強く箒星を握った。



卍解…光華箒星!



眩い光が周囲を照らした。
それと同時に少し冷たい風が巻き起こる。
斬魄刀"箒星"
卍解"光華箒星"
刀身は半透明で蒼白く輝いている。
以前に比べるとも少し細く、少し長くなっている。



「驚いた…以前と変わらない凄まじい霊圧だ。」



巻き起こる風が日番谷を囲んだ。
風は壁となり、藍染達の手から隔離された。
いくら藍染といえど易々と手を出すものなら腕一本持っていかれかねない程の、まるで竜巻。
だが、それによる代償は大きく、は今にも飛びそうな意識を気力で堪えていた。
それでも、彼女は箒星の切っ先を彼らに向けた。



「凄まじい霊圧故にその衝撃は凄い、苦しいだろう。」

「…たとえ苦しくても、諦める事は出来ません。」



頬に一筋の汗を伝わせるが、彼女は真っ直ぐに前を見据える、その瞳は諦めるなど一欠けらも思っていない。
箒星(小さな男の子の姿)がの周囲を飛ぶ。
危険だと彼は彼女に伝えている。
だが、は敢てそれに気づかない振りをした。



「その状態で僕らに攻撃を仕掛ければ…死ぬよ。」



それは決して脅しなんかではなかった。
藍染は今まで浮かべていた微笑みを消し、眉を寄せた。
心拍数が異様に上がっている事や体中が軋み痛む事。
それらの自覚症状は既に出ている。
だが、ここで諦めれば、卍解を解けば日番谷は確実に藍染らの手によって命を失うだろう。
は首を横に振った。



命を懸けても…私は彼を守ります。



日番谷の瞼が本当に微かだが動いた。
誰も見えはしなかったが。
声を振り絞ってでも出したいのに声が出ない。
手を伸ばして止めたいのに手が動かない。
"死ぬな やめろ やめてくれ"
動け動けと強く祈るように彼は思った。
だが動く事は出来ない、それどころか意識は薄れていく。



「…。」



藍染は呟くように言った。
それと同時に彼女は口から血を吐いた。
言いようのない痛みが彼女の体を襲う。
それでもは卍解を解こうとはしない。
市丸は思わず足を踏み出した。



お止めなさい、本当に死んでしまいますよ。



女性の声が聞こえてきた。
入り口の方から現れたのは2人の女性だった。
1人は羽織を身にまとっている。



「どうも卯ノ花隊長。」



護廷十三隊四番隊隊長"卯ノ花烈"
そして彼女の後ろにいるのが副隊長"虎徹勇音"
四番隊は立場としては救護班であり、藍染の亡骸に一番触れていたのは卯ノ花である。
その体に違和感を感じた彼女は話が見えてきた。
そして、身を隠すならば完全禁踏区域である清浄塔居林である此処しかないと確信したのだ。



「読みは良いが間違いがふたつある。
 一つ目に僕は身を隠す為に此処に来た訳じゃない。
 そしてもう一つ、これは"死体の人形"じゃあない。」



彼の右手に今までは見えなかった死体の人形が現れた。
突然の出来事に彼女らは驚きの表情を浮かべる。
いつの間に、という虎徹の言葉に藍染は口の端を上げた。



「今まで僕が見せようとしていなかっただけの事だ。」

「ど…どういう…。」

「すぐに分かるさ…砕けろ、鏡花水月。



その言葉の通りにもう1人の藍染は姿を無くした。
そこには彼の斬魄刀"鏡花水月"が存在している。
意図的に彼の手から放された斬魄刀は地に刺さった。



「鏡花水月、有する能力は、完全催眠だ。」



藍染の言葉に虎徹は最早戸惑いを隠せない。
彼女らが知っている"鏡花水月"は流水系の斬魄刀であり、霧と水流の乱反射で敵を撹乱する能力のはずだった。
実際に目の前で見せられたはずだった。
彼は凍った階段を静かに下り、市丸の隣に立った。



「成程…それこそが催眠の"儀式"という訳ですか。」

「御名答。」



卯ノ花の言葉に藍染は頷いた。
彼らが何の話をしているのか、には分からない。
藍染の斬魄刀の能力など彼女は分からない。
抜け落ちている記憶の方が圧倒的に多い。



「一度でも解放を目にした者はその瞬間から完全催眠に堕ち、以降僕が解放するたび完全催眠の虜となる。」

「一度でも目に…。」



その言葉に卯ノ花は気がついた。
護廷十三隊の中に、1人だけ目の見えない者がいる。



「眼の見えぬものは術に堕ちることはないという事。
 つまり最初から、東仙要は僕の部下だ。」



次の瞬間、藍染の手から薄く白い長い布のようなものが彼らを囲むように舞い上がった。
彼らの体が白に消えていく中、藍染は未だ卍解状態を保ち日番谷を守っているを見た。
彼は少し困ったように笑うと静かに言葉を紡いだ。



「今回は僕の負けだよ。」

「…。」

「だが、いつか君を迎えに行くから。」



そう言って彼らの姿は完全に消えた。
それと同時にの卍解は解かれ、まるで重力に従うように彼女の膝はガクリと折れた。
風は止み、日番谷の姿も見えてくる。
彼女は慌てて彼の胸に耳を寄せる、本当に微かだが息がある事を確かめると大粒の涙を零した。



「お下がり下さい、これより救命措置に入ります。」



卯ノ花は日番谷の前に立った。
彼女の言葉に素直には下がる。
後ろでは虎徹が鬼道により事実を護廷十三隊をはじめ、旅禍とされている黒崎達にも伝えている。
それだけ由々しき事態なのである。
は斬魄刀を鞘におさめるとゆっくりと立ち上がる。



「山本隊長?」



彼女は卯ノ花の声も聞こえなかったのか、そのまま雛森のところまで急いで向かった。
彼女は日番谷と違い、事切れている。
…ように見えた。
だが、は左手首を右手で持つと、左手をかざした。
突如淡い光が雛森の体を包み込んだ。
卯ノ花も鬼道を終えた虎徹も目を見張った。
雛森の傷は塞がってはいない。
血が消えたわけでもない。
だが、なにかが変わった気がした。



「まさか…山本隊長は治癒力はなかったはず。」

「私は今""です。」



は彼女らに柔らかい微笑みを浮かべてみせた。
立ち上がろうとすると彼女の体は後ろに倒れそうになったが、虎徹が駆け寄り支えた。



「有難う御座います、私、行かなくちゃ。」

「行くって…何処に…。」

「みんなのところに。」



は消耗しきった体で何とか立ち上がる。
虎徹は止めるが、卯ノ花が静かに首を振った。
このまま行かせてあげなさい、とでも言うように。
彼女は顔をしかめたが、静かに言葉を紡いだ。
彼女の治癒により重い体が少し軽くなった。



「お行きなさい…私が引き継ぎます。」

「有難う御座います。2人をお願いします。」



丁寧に深々とお辞儀をするとは消えた。
瞬歩を使ったのだ。
卯ノ花は日番谷に治癒を施しながらも雛森を見た。
正直、彼女はもう手遅れだった。
否、そう思っていた。
だからこそ敢て日番谷から救命に入ったのだ。
だが…。



「何という事でしょう…彼女は今…。」



























破壊と創造、

今救いの手を差し伸べよう。






[ 誰も知らない彼女の力 ]



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主がやっと逃れてくれました。
そして四番隊登場です。
次は彼らの元に主が現れます。
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