
「さぁ立つんだ、朽木ルキア。」 それは一瞬の出来事だった。 ルキアはただただ呆然とした。 再会した黒崎は確かに前とは比べ物にならないくらい強くなっていた、それは阿散井も同様だ。 だが、目の前に地に伏している彼らの体から止め処なく流れ出す美しい程に赤い鮮血。 これはどういう事だ。 自分の方へ歩み寄ってきた藍染は恐ろしいくらい普段とは変わらない笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。 ガシャッ 「可哀想にまだ意識があるのか。」 藍染はルキアを立たしたまま、黒崎を見た。 僅かだが彼が動いた。 未だ両足を地面につけることさえも出来ないが、確かに。 止め処なく流れる血。 苦しさ、辛さ、痛みを感じないわけがない。 それでもこのまま諦めるわけにもいかない。 黒崎は多量の汗を流しながらも藍染を鋭く睨んだ。 「良いじゃないか君達はもう充分役に立った。 君達の役目は終わりだ。」 聞き返した言葉に藍染はゆっくりと言葉を紡ぐ。 冷ややかな笑みを浮かべて黒崎を見下ろす。 「君達が侵入してくる事は分かっていた、場所もだ。」 西流魂街に現れる事。 (監視を置き瀞霊壁を落とし門の内側に市丸を行かせた) 侵入方法を求めて志波空鶴を頼る事。 (その侵入方法の派手さをも読みの内) 「その侵入者は隊長格が取逃がす程の実力者、否が応でも瀞霊廷中の死神の目はそちらへ集中する。実際廷内侵入後の活躍は素晴らしかったよ、お陰で隊長が1人殺されても大した騒ぎにならずに済んだ。」 黒崎は新たな汗を一筋頬に伝わせた。 理解し難い事は沢山ある。 だが、その中でもひとつの疑問が脳裏を占領した。 「何で俺達が、西流魂街から来るって分かってたんだ?」 「可笑しな事を聞くね。西流魂街は浦原喜助の拠点、彼の作る穿界門で侵入できるのは西流魂街だけだ。」 「…な…。」 「何だ、その顔は、君達は彼の部下だろう?」 話が読めない。 黒崎は怪訝そうに眉を寄せた。 その表情を読んだのか、ふっと小さく笑った。 風は、まるで藍染に畏怖するかのように止んでいた。 ただただ空が見守る。 「成程、どうやら何も聞かされてはいないようだね。」 聞かされていないも何もない。 自分は自分の意思で目の前にいるルキアを、そしてを助ける為に尸魂界へと赴いたのである。 力を借りたいと言ったのは自分だ。 それなのに何故"浦原喜助"という名前が藍染の口から紡がれるというのだろうか。 黒崎は戸惑いを隠せず、表情に露わにしていた。 そんな彼を藍染はまた小さく笑った。 「最後だ僕が教えておこう。死神には基本的は4つの戦闘方法があるのを知っているかい?斬術、白打、歩法、鬼道の4つ。だがそのどれもに限界強度というものが存在する。どの能力も極めれば死神としての魂魄の強度の壁に突き当たり、そこが死神の限界だ。ならばそこを突破して全ての能力を限界を超えて強化する方法はないのか…あるんだ、ただ1つだけ。」 彼は冷たい微笑みを浮かべた。 そして、言った。 「死神の虚化だ。」 黒崎は思わず目を見開いた。 一瞬、自分のあの姿が脳裏を過ぎった。 まだ仲間達には見られていない、あの姿。 頬を伝う汗が地面にしみをつくった。 藍染はそんな彼を気にせずに話を続ける。 「死神の虚化、虚の死神化。相反する2つの存在の境界を取り払うことで、その存在は更なる高みへと上り詰める。僕自身は特に虚の死神化に着目し、幾つかの死神に近い虚を送り出す事に成功した。自らの霊圧を消す事のできる虚。触れるだけで斬魄刀を消す事ができ、死神と融合する能力を持つ虚。」 "死神と融合する能力を持つ虚" その言葉に今度はルキアが戸惑いを隠せなかった。 脳裏に浮かんだのは、上司に当たる人物。 死なせたくなかった。 殺したくなかった。 自分の最も尊敬していた、人物。 「彼が造り出したのは、瞬時に虚と死神の境界線を取り払う事ができる尸魂界の常識を超えた物質"崩玉"だった。」 虚と死神の境界線を取り払う。 本当にそんな事が可能なのか。 そう思うルキアとは別に、黒崎は眉間に皺を寄せた。 何故なら彼は、浦原喜助との特訓で虚化しかけている。 加えて朽木との戦闘では虚化してしまっている。 つぅぅ、とまた汗が地面に落ちた。 「危険な物質だ。そう感じたんだろう、破壊を試みた。だが結局、崩玉を破壊する術を見つける事ができなかった。」 藍染はゆっくりと視線を黒崎からルキアへと移した。 それがどういう意味なのか。 彼女には分からない。 「彼は仕方無く1つの方法を取った。崩玉そのものに防壁をかけて、他の魂魄の奥底に埋め込んで隠すという方法だ。もう解るだろう…その時彼が隠し場所として選んだのが、君だ朽木ルキア。」 彼らの胸を揺るがすには十分な言葉だった。 彼らは大きく目を見開いた。 「僕がそのことを突き止めた時、君は既に現世で行方不明になった後だった。僕は直感した。浦原喜助の仕業だと。」 義骸は全て力を失った死神を回復させる為に高濃度の霊子体で構成されている。 その為、全ての義骸の行動は尸魂界から補足できる。 義骸に入った死神が行方不明になるなどあり得ない話。 だが浦原はかつて霊子を含まない霊子体を自ら開発し、それを使って補足不可能な義骸を造った事によって尸魂界を追放されているとの事。 追放に至った理由はもう1つあるようだ。 その義骸が入った死神の霊力を分解し続ける。 その為、中に入った死神は霊力がいつまでも回復せずにやがてその魂魄は霊力を完全に失い…死神からただの人間の魂魄へと成り下がる。 藍染は淡々と説明した。 ルキアの身に起こった出来事はまんま当てはまる。 「彼は君に力を貸した訳じゃない。君を人間にする事で崩玉の所在を完全にくらませようとしていたんだ。」 ----- 日番谷の事。 雛森の事。 黒崎の事。 ルキアの事。 彼女は限界速度で向かいながらも考える。 霊圧は隠されていない為辿り易い。 「(一護ちゃんとルキアちゃんと阿散井君だ)」 彼らのすぐ近くに藍染達の霊圧を感じた。 煩いぐらいに心臓がバクバクいっている。 瞬歩を使いながらも彼らの霊圧に神経を研ぎ澄ませる。 と、一気に彼らの霊圧が弱くなった。 日番谷を一瞬で倒す程の強さを持つ藍染なのだ。 黒崎達がただで済むわけもない。 は強く手を握った。 そのとき、斬魄刀が淡い光をまとった。 そして次の瞬間、彼女の体を押すように追い風が吹いた。 止んでしまっていた風が。 「わっ。」 双極の丘へと向かう彼女の体を風が押す。 まるで"早く行け"とでも言うように。 は斬魄刀の柄に触れる。 そして、ありがとう、と呟いた。 「…よろしく…。」 「俺だってルキアを死なせたくねぇんだよ!」 「迎えに来た…一緒に現世に帰ろうぜ。」 彼女は少しだけ目を瞑り、静かに目を開いた。 目の前には青い青い広い空がある。 それらに添うように白い雲がある。 まるで何もないような風景。 それなのに、どうしてこんなに哀しいのだろうか。 どうしてこんなに怖いのだろうか。 はじわりと滲んだ涙を拭った。 「あれも貴方の差し向けたものなのですか…藍染隊長!」 "山本"として見た最後の映像。 無数の虚に散る命。 舞う鮮血。 切なげな表情。 は頭を横に振った。 |