
青い空が広がり。 白い雲が顔を覗かせる。 尸魂界は、現世とあまり変わらない所だった。 は空を見上げた。 鳥のさえずりが聞こえてくる。 目を瞑れば、そこは現世と変わりそうにない。 ちょっと前ならばそう思えただろう。 しかし。 目を瞑っても、感じ取れるもの。 彼女は既に"普通"の人間ではなかった。 「さぁ、中へ。」 朽木に言われるまま、目の前の扉を開ける。 数人の死神が彼女を一斉に見た。 死神になりたてのでも分かる、凄い霊圧。 何故自分が此処に連れて行かれた。 何故黒崎があんな目に遭わされた。 珍しく、は眉を寄せた。 「よくぞ戻った…よ。」 一番奥に座っている人物。 見た目からは、相当の老人に見える。 しかし、その霊圧の大きさは特に目立つ。 一歩踏み出し、は立ち止まった。 皆の視線が彼女に突き刺さる。 「貴方…誰。」 霊圧の大きさにも負けず。 彼女はしっかりと奥の老人、山本を見据えて言った。 「ほっほっほ、わしを憶えておらぬか。」 「知りません、貴方も此処も…。」 「それは寂しいものよのぅ、わしを忘れたか。」 「人違いでしょう…おじいさん。」 は冷たい瞳を向けた。 "おじいさん" 敢て彼女はそう言った。 それ程までに彼女は今、怒りを感じていた。 黒崎は生死が分からない状態。 ルキアは罪人として連れて行かれた。 怒りを感じずに何を感じる。 虚無僧のような深編笠をかぶっている大男。 彼はそれに憤慨<ふんがい>したようだ。 斬魄刀を素早く抜いた。 しかし、山本がそれを制した。 「良い良い、こやつの言う通りじゃからのぅ。」 「人違いならば返して下さい。」 「そっちではない…"おじいさん"の方じゃ。」 意味が分からない。 は怪訝そうな表情をした。 しかし、次の言葉はもっと理解不能だった。 「わしはお主の祖父じゃからのぅ。」 その言葉にはだけでなく、周囲の者達も騒然とし、への視線は一層強いものとなった。 彼女は眉を寄せた。 彼女は人間であり、であり、両親は亡くしているものの現世に祖父もちゃんといる。 それなのに、どうして死神の祖父をもっているという。 は半ば我を忘れて斬魄刀を抜いた。 身の丈程の刀は、正直、腰からは抜きにくい。 それでも、そんな事気にはならなかった。 「嘘だ。」 「ほほぅ、斬魄刀も昔のままじゃのぅ。」 もはや。 斬魄刀なんて何でもいい。 むしろ、どうでもいい。 「私には私の世界におじいちゃんがいる。」 「血の繋がりはなかろうて。」 「そんな事ない!それに私には肉体がある。」 「それは"義骸"じゃ。」 義骸…死神に支給されている仮の肉体 黒崎がそう言っていたのを思い出した。 義骸は死神が要するもの。 どうして人間のが義骸に入っている必要がある。 つまりは…。 「お主には肉体なぞない、元々死神である"霊魂"をわしが義骸に入れたのであるからな。」 山本の言葉には目を見開いた。 肉体はない、つまり現世に"生存"していない存在。 死神、つまり現世の"存在"ではない存在。 斬魄刀を持つ左手が震えた。 それは悲しみなのか怒りなのか、彼女自身分からない。 「皆の者もをよく見よ、皆知っておるだろう。」 最早、は何も考えられなかった。 強く否定をしたい。 その場で、すぐにでも。 私は人間だ、と強く、強く。 それでも、そのときは言葉が言葉にならず。 「…まさかっ。」 「よく見れば似ている…。」 「だが、彼女は亡くなったはずだ。」 口々にものを言う者達。 彼らからは"信じられない"という表情が伺える。 深編笠の男が勢い良く膝をついて頭を下げた。 その姿は、先程感情に身を任せに刀を振るおうとしていた人物と同じようには見えない。 「山本総隊長の孫とは露知らず…申し訳ない!」 頭を下げられても嬉しいはずがない。 の頭はもう何が何だか考えられなかった。 その場にいる全員が皆自分を騙しているのだ。 自分を落としいれようとしているのだ。 彼女の頭には"疑"だけが存在した。 「忘れたものはじょじょに思い出せばよい…さぁ。」 山本はゆっくりとに歩み寄っていく。 それは、彼女にとって恐怖でしかなかった。 何も分からない。 意味が理解できない。 理解、したくない。 逃げよう。 彼女は入ってきた扉の方を向いた。 だが、正直、逃げられるとは思わない。 そんなとき、ある人物と目が合った。 彼女は素早くその人物の方へと駆け寄った。 手をとられたのは。 彼女とあまり変わらない小柄な体格。 銀髪と。 彼女とよく似ている深い碧色の瞳。 「日番谷!?」 「日番谷隊長?」 日番谷、冬獅郎だった。 彼は小さく驚嘆の声をあげた。 それはあまりにも突然の出来事だったから。 「な、お前…俺を憶えてたのかよ…。」 「これも人違いじゃなければ。」 2人を見て、山本は髭に触れた。 そして、小さく溜息をついた…気がした。 「良いだろう…暫くはを頼んだぞ、日番谷よ。」 ----- 日番谷は、正直、困惑していた。 最も、朽木や阿散井に少女の連行命令が下された頃からの困惑ではあるけれども。 目の前にいるのは、間違いようもなく。 5年前に出会った少女だった。 日番谷は十番隊隊長。 つまり、今彼らがいるのは十番隊舎内執務室である。 今は皆出払っていて、彼らの他に誰もいない。 「…。」 「…。」 暫くの間。 会話はなかった。 窓から心地よい風が吹き込んできた。 の長い黒紅色の髪が揺れる。 そのとき、彼は彼女の首筋に何かがあるのに気づいた。 「限定霊印…?」 日番谷の目に映ったものは限定霊印。 死神の霊力を本来の2割程度に抑制する印である。 「(死神の中でも特に強大な霊力を有す隊長や副隊長が現世に来る際、現世の霊に不要な影響を及ぼさないよう体の一部に打つもの…それ程までにこいつの霊力は…)」 彼の視線に気づいたのだろう。 はゆっくりと彼の方を見た。 その瞳に力はなく、彼女は酷く疲れているようだった。 それもそうだろう。 突然、友人であるルキアは罪人とされ、彼女自身尸魂界に連れて来られ、自分は人間ではないと言われたのだ。 彼女の精神的なショックを受けても当然である。 姿は5年前と変わらないのに。 その哀しい表情も霊印もこちら側の所為である。 日番谷の胸が密かに痛んだ。 「5年振りですね、死神さん。」 「…あぁ。」 先に口を開いたのはだった。 彼女は力ない笑顔を浮かべ、彼に話しかけた。 「えっと…確か、日番谷とうしょう…くん。」 「冬獅郎だ冬獅郎。」 ※ 凍傷 ※ 極度の寒気により皮膚の血行が悪くなり、 末梢組織が凍結する事によって生じる傷害 シリアス度が一時的に35程下がった。 気がした。 彼女の名前をまともに憶えられない症状は健在だ。 ある意味、病。 「お前は、だろ。」 「憶えててくれたんだ…。」 「人間であれ程霊圧があるや…す、すまねぇ。」 途中で気づいて彼は口を閉ざした。 霊圧、死神、彼女にとっては禁句でしかない。 彼女の笑みを奪うものだ。 柄にもなく自分が人を気にしている事。 彼は自分に小さく嘲笑した。 「ううん、もう…いいや。」 その瞳は5年前のあの瞳とは違う。 強く前を見据える瞳は、哀しく揺れる。 日番谷は眉間の皺を一層深くした。 彼はの方へとゆっくりと歩いていった。 そして、彼女の肩を強く掴んだ。 「諦めたらそこで終わりだろぅが!」 その声は怒鳴り声にも近い。 は驚き、目を見開いた。 その深い碧の瞳が揺れた。 そして。 「抗えよ…って、オイッ!」 透明な雫が吸い込まれるように床に落ちた。 日番谷は慌てて肩を掴んでいた手を離す。 強く肩を掴みすぎたのか。 それとも強く言い過ぎたのか。 珍しく彼はうろたえていた。 「悪い…つっ強く言い過ぎたか、肩、痛かったか!?」 「…。」 「わ、悪い…な、泣くなよ、おい!」 は答えない。 その代わり、というように手が動いた。 「…ぅぁ!」 日番谷の体が硬直した。 背中にまわされた腕と温もり。 自分が抱きしめられているという事に気づいた。 彼は、戸惑いながら、ゆっくりと手を動かした。 の頭に優しく触れる。 「変なの…君、隊長なんでしょ。」 「そーだよ、バレると面倒だから黙っとけ。」 彼には見えない位置だったが。 彼女は少しだけ微笑んだ。 |