
「はぁ〜い!」 何の予告もなく、それも飛び出すように。 まるで驚かす事が目的であるかのように。 その人物は現れた。 「松本…が驚いてるだろ。」 「驚かすのが目的でしたからねー。」 そう言いながら松本は笑った。 その笑みは、決して悪い印象を受けない。 は心の何処かで安心感を得た。 差し出された手を、躊躇<ためら>いながらもとる。 握った手は、温かかった。 「十番隊副隊長、松本乱菊でーす!」 「あ、です。」 「…そうね、って呼ぶわね。」 名字に一瞬疑問を浮かべたが、日番谷からの意味ありげな視線を受けた松本は、自然に話を直した。 彼女の笑顔はにとって心地よかった。 鋭く、刺すような視線ではない。 温かく、見守るような視線。 不思議と嬉しくなって、彼女はふわりと微笑んだ。 「…きぁぁ!」 「あ、可愛くてつい。」 力一杯抱きしめられ、は苦しそうに声をあげた。 その豊満の胸に埋まる。 つい最近まで日常的に同じ事があったと、彼女は思い、苦しいながらも別の意味で眉を寄せた。 「よろしくね、私の事は乱菊でいいからね。」 「あ、はい、よろしくお願いします、乱菊さん。」 「んもー、そんなに丁寧に言わなくてもいいのに!」 「おい。」 存在を無視され続け、日番谷は額に青筋を浮かべた。 だいたい、今は部屋に入ってくるな、と、そう松本には伝えてあるはずだったのだ。 彼は眉間に深い皺を寄せ、松本を睨んだ。 だが、彼女は全く気にしていない様子で、変わらずにを構い続けていた。 更に彼の怒りは強くなっていく。 「人の話を聞けぇ!」 バチコン 書類の束で松本の頭を叩いた。 彼女は相当痛かったのか、涙目で振り向いた。 もやっと松本の胸から解放され、涙目。 そんな彼女の腕を引いた。 「さっさと仕事に戻れ。」 「えー、隊長は。」 「残業するか?」 「戻ります!」 職権乱用、と叫びながら松本は部屋から出て行った。 その光景に唖然としながらも、は口の端をあげた。 「あはは、あははははっ!」 彼女は大きな声をあげて笑っている。 そんなの姿に、日番谷は一瞬呆然としたが、すぐに彼も声をあげて笑い出した。 意味も分からず。 ただ、小さな子どものように。 「あははっ、変なの私、笑ってる。」 「あぁ、変だな…くくっ。」 「君も笑ってるでしょ、ぁはは。」 「名前。」 「え。」 「君じゃねぇよ、名前あるし。」 笑うのをやめ。 彼は拗ねたように顔を背けた。 「冬獅郎ちゃん。」 "一護ちゃん" 眉間の皺を寄せる癖が似ていた。 は嬉しそうに笑って呼んだ。 それとは逆に、日番谷は露骨<ろこつ>に嫌がったが。 彼は護廷十三隊の十番隊隊長。 "ちゃん"付けなんて許されるわけがない。 が、尸魂界について知らない彼女が分かるわけもない。 「おい、ちゃん付けは…。」 「…駄目ですか?」 彼女を見て、日番谷はギョッとした。 心なしか彼女の瞳が潤んでいる。 また泣かれては困る。 彼は慌てて両手を振った。 「わ、分かった、すっ好きなように呼べ!」 「あ、まつ毛取れた…うん、有難う。」 まつ毛かよ。 日番谷は引きつり笑いを受けべる。 しかし、時既に遅し。 許可してしまった以上、今更NOとは言えないだろう。 受け入れてもらえるとも思わない。 は嬉しそうに微笑んだ。 その顔を見ると、少しどうでもよくなった。 「と、冬獅郎ちゃん、隊長が冬獅郎ちゃん!」 「ま つ も と 。」 前言撤回。 やっぱりどうでもよくない。 ----- 日は暮れ、月が闇夜に浮かんでいる。 その景色は現世と変わらない。 が窓から眺めているのと同時刻。 別の場所で彼女も月を眺めていた。 「どうしたん乱菊、自棄酒<やけざけ>かぃな。」 お猪口<ちょこ>を口に運んでいた手が止まった。 聞きなれた声。 彼女は月から視線を下げ、声の主を見た。 銀色の髪に細い目。 彼女は彼の事をよく知っていた。 昔から…。 「別に…自棄酒なんかじゃないわよ。」 「そないには見えんけどなぁ。」 「煩いわね、ギン。」 止めていた手を動かし、彼女は酒を飲んだ。 もう既にかなり飲んでいるのだろう。 松本の顔はほんのり赤くなっている。 ギン、市丸ギンは小さく笑った。 「三番隊の隊長さんが何やってんのよ。」 「暇やから散歩しとったんよ。」 「ふぅん…さっさと帰れば。」 彼女は少し不機嫌そうに言い放った。 市丸は別段表情を変えず、笑っている。 それが気に入らないのか。 松本は彼から顔を逸らした。 月が、雲により一時的に隠れていく。 「"ちゃん"に忘れられたんが哀しんやろぉ。」 彼が最後まで言い終わる頃か、それより前か。 市丸の顔に酒がかかった。 それでも、やはり彼は笑みを崩さなかった。 「あの子と一番仲良かったんは乱菊やもんな。」 「煩い。」 「僕も忘れられとるやろうしなぁ。」 「…違うのよ。」 松本の手が再び止まった。 顔を俯ける。 "こんな力いらない" 未だ残る声。お猪口に一滴の何かが落ちた。 "まもれなかった" 決して市丸には見えなかったけれど。それは静かに酒に波紋をつくった。 「何で…死神になんかなってるのよ…。」 「何でアタシは、死神なの…。」 |