- vol.9 月現れて雲に隠れ -

















「はぁ〜い!」



何の予告もなく、それも飛び出すように。
まるで驚かす事が目的であるかのように。
その人物は現れた。



「松本…が驚いてるだろ。」

「驚かすのが目的でしたからねー。」



そう言いながら松本は笑った。
その笑みは、決して悪い印象を受けない。
は心の何処かで安心感を得た。
差し出された手を、躊躇<ためら>いながらもとる。
握った手は、温かかった。



「十番隊副隊長、松本乱菊でーす!」

「あ、です。」

…そうね、って呼ぶわね。」



名字に一瞬疑問を浮かべたが、日番谷からの意味ありげな視線を受けた松本は、自然に話を直した。
彼女の笑顔はにとって心地よかった。
鋭く、刺すような視線ではない。
温かく、見守るような視線。
不思議と嬉しくなって、彼女はふわりと微笑んだ。



「…きぁぁ!」

「あ、可愛くてつい。」



力一杯抱きしめられ、は苦しそうに声をあげた。
その豊満の胸に埋まる。
つい最近まで日常的に同じ事があったと、彼女は思い、苦しいながらも別の意味で眉を寄せた。



「よろしくね、私の事は乱菊でいいからね。」

「あ、はい、よろしくお願いします、乱菊さん。」

「んもー、そんなに丁寧に言わなくてもいいのに!」

「おい。」



存在を無視され続け、日番谷は額に青筋を浮かべた。
だいたい、今は部屋に入ってくるな、と、そう松本には伝えてあるはずだったのだ。
彼は眉間に深い皺を寄せ、松本を睨んだ。
だが、彼女は全く気にしていない様子で、変わらずにを構い続けていた。
更に彼の怒りは強くなっていく。



「人の話を聞けぇ!」



バチコン

書類の束で松本の頭を叩いた。
彼女は相当痛かったのか、涙目で振り向いた。
もやっと松本の胸から解放され、涙目。
そんな彼女の腕を引いた。



「さっさと仕事に戻れ。」

「えー、隊長は。」

「残業するか?」

「戻ります!」




職権乱用、と叫びながら松本は部屋から出て行った。
その光景に唖然としながらも、は口の端をあげた。



「あはは、あははははっ!」



彼女は大きな声をあげて笑っている。
そんなの姿に、日番谷は一瞬呆然としたが、すぐに彼も声をあげて笑い出した。
意味も分からず。
ただ、小さな子どものように。



「あははっ、変なの私、笑ってる。」

「あぁ、変だな…くくっ。」

「君も笑ってるでしょ、ぁはは。」

「名前。」

「え。」

「君じゃねぇよ、名前あるし。」



笑うのをやめ。
彼は拗ねたように顔を背けた。



「冬獅郎ちゃん。」



"一護ちゃん"
眉間の皺を寄せる癖が似ていた。
は嬉しそうに笑って呼んだ。
それとは逆に、日番谷は露骨<ろこつ>に嫌がったが。
彼は護廷十三隊の十番隊隊長。
"ちゃん"付けなんて許されるわけがない。
が、尸魂界について知らない彼女が分かるわけもない。



「おい、ちゃん付けは…。」

「…駄目ですか?」



彼女を見て、日番谷はギョッとした。
心なしか彼女の瞳が潤んでいる。
また泣かれては困る。
彼は慌てて両手を振った。



「わ、分かった、すっ好きなように呼べ!」

「あ、まつ毛取れた…うん、有難う。」



まつ毛かよ。
日番谷は引きつり笑いを受けべる。
しかし、時既に遅し。
許可してしまった以上、今更NOとは言えないだろう。
受け入れてもらえるとも思わない。
は嬉しそうに微笑んだ。
その顔を見ると、少しどうでもよくなった。



「と、冬獅郎ちゃん、隊長が冬獅郎ちゃん!」

「ま つ も と 。」



前言撤回。
やっぱりどうでもよくない。




















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日は暮れ、月が闇夜に浮かんでいる。
その景色は現世と変わらない。
が窓から眺めているのと同時刻。
別の場所で彼女も月を眺めていた。



「どうしたん乱菊、自棄酒<やけざけ>かぃな。」



お猪口<ちょこ>を口に運んでいた手が止まった。
聞きなれた声。
彼女は月から視線を下げ、声の主を見た。
銀色の髪に細い目。
彼女は彼の事をよく知っていた。
昔から…。



「別に…自棄酒なんかじゃないわよ。」

「そないには見えんけどなぁ。」

「煩いわね、ギン。」



止めていた手を動かし、彼女は酒を飲んだ。
もう既にかなり飲んでいるのだろう。
松本の顔はほんのり赤くなっている。
ギン、市丸ギンは小さく笑った。



「三番隊の隊長さんが何やってんのよ。」

「暇やから散歩しとったんよ。」

「ふぅん…さっさと帰れば。」



彼女は少し不機嫌そうに言い放った。
市丸は別段表情を変えず、笑っている。
それが気に入らないのか。
松本は彼から顔を逸らした。
月が、雲により一時的に隠れていく。



「"ちゃん"に忘れられたんが哀しんやろぉ。」



彼が最後まで言い終わる頃か、それより前か。
市丸の顔に酒がかかった。
それでも、やはり彼は笑みを崩さなかった。



「あの子と一番仲良かったんは乱菊やもんな。」

「煩い。」

「僕も忘れられとるやろうしなぁ。」

「…違うのよ。」



松本の手が再び止まった。
顔を俯ける。
"こんな力いらない"
未だ残る声。
お猪口に一滴の何かが落ちた。
"まもれなかった"
決して市丸には見えなかったけれど。
それは静かに酒に波紋をつくった。



「何で…死神になんかなってるのよ…。」



「何でアタシは、死神なの…。」




























それは、

叶わなかった願い?






[ 流れ星は願いを叶えてくれますか ]



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乱菊お姉さん大好きです。
気をつけないと松本夢になるやも(冗談です)
ギャグとシリアスどっちつかず。
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