12月11日 天気は晴れ 彼はどこかムスッとしたような表情で席についていた。別に、彼は朝からムスッとしていたわけではない。普段から、満面の笑みを浮かべるような彼ではないものの、それでも今のように不機嫌丸出しというのは…いや、珍しくはないのかもしれない。だが、野球とは関わりのないことで彼はかなりムスッとしていたのだった。そんな彼を見て、花井は密かに短く息をはき、話しかけようと思っていたのをやめる。容易に話しかけ、八つ当たりを受ける危険性を考えたからだ。それは正解だった。 「うっせぇっつってんだろ!」 彼の罵声がとぶ。その相手は、花井の考えなど微塵も分かっていなかった水谷だったりする。空気を読めずに彼に話しかけてしまった水谷は、花井の思っていた通りこっ酷く跳ねのけられてしまったのだ。クラスメートになってもう半年以上が経っているのだが、水谷に懲りるという言葉はないのかもしれない、そう思って花井が苦笑を浮かべた。ひぃひぃ言うかのように水谷が花井の方へとやって来る。 「バカだろお前。」 「だって本当のこと言っただけだし!」 「それがバカだって言うんだろ。」 花井は水谷にこれ見よがしなため息をついた。視線を変えると、彼は相変わらずムスッとして窓の外を見ている。今は昼休みであり、本当ならばもう少し賑やかなのであるが、今日はいつもよりも若干賑やか度が下がっていたりする。それはみんなが彼の不機嫌度を理解しているから…ではなくて、いつも訪れるはずのとある人物が姿を見せないからだったりもするのだ。 「ちゃん来ないなぁ、よりによって今日に…って。」 「それを阿部の前で言うからだろ。」 「だってちゃん、阿部に毎日猛烈アタックじゃん。」 「そうだな。」 毎日訪れていたのはという名前の子であるらしい。その子の姿は今日はまったく見られないのだという。 「今日阿部の誕生日だし、来ないなんて可笑しいじゃん。」 「まぁ、確かに休んでないみたいだし。」 「毎日阿部が冷たいから、阿部捨てちゃったのかなぁ。」 「人のこと好き勝手言ってんじゃねーよ。」 いつの間にか背後に現れていた彼、阿部の姿に花井も水谷も盛大に驚いてしまった。阿部の額には青筋が浮かんでいるような感じがした。彼は、どうやらご立腹のようだ。水谷の頭をバシッとたたくと、彼は教室から出て行ってしまう。水谷は頭をさすりながらも花井の方を見た。花井は、やっぱり苦笑いを浮かべていた。 「阿部さぁ、かなり素直じゃないな。」 ----- は隣の隣のクラスだった。ドアから軽くのぞきこむようにして眺めるが、彼女の姿は分からなかった。仕方がないので、彼はちょうどいいタイミングで教室から出て行こうとする彼女のクラスメートに頼んで呼んでもらおうとしたのだが。 「ならたぶん、屋上への階段のとこだよ。」 彼女はどうやら教室にはいないようだ。阿部は微かに舌打ちをして、クルリと方向を変えた。自分の教室に戻ろうと思っていたはずだった。だが、どうしてか足が止まってしまった。屋上への階段と自分の教室は反対方向に存在している。彼はガシガシと頭を少し乱暴にかくと、もう一度方向を変えた。 「(いつもなに言っても俺に付きまとってくるくせに!)」 言いようのないイライラと不快感。分からない気持ち。全部がグルグルまわって、マーブル状になっているかのような本当に変な気持ちに、彼はなっていた。はいつも昼休みになるとヒョッコリ現れて、阿部のもとへと駆け寄り、冗談か本気か分からないような愛の告白をしていた。それは彼のクラスではもう公認の儀式のようなものになっていた。彼が、うっとうしい、と言おうが、うるさい、と言おうが、彼女はニコニコ笑って飽きを知らないかのように阿部に話しかけるのだ。今日が阿部の誕生日だということも、は知っているはずだ。 「くそっ、振り回しやがって。」 阿部はイライラしながら階段をのぼる。もう少し上にいけばの姿があるはずだ。そう考えると、またマーブル状になってしまったような変な気持ちが彼の頭を浸食していく。うっとうしい、うるさい、と思っていたはずなのに…。そして、彼女の姿が彼の視界に映った。 「見つけたぞ、。」 「ありゃ、こんにちは、阿部くん。」 はそこでゲームをしているようだった(持ち込み禁止)彼女はパタンとそのゲームを閉じると、何事もなかったかのように阿部を見て、ニコリと笑った。お弁当は食べ終わっているのか、そこにはお弁当箱のようなものはないようだ。 「どうしたの、なにかご用事あった?」 「…別に。」 「珍しいなぁ、阿部くんが用事もなく来るなんて!」 「…お前が…。」 口ごもる阿部に首を傾げる。ハッキリ言えないような、言いたくないような、イライラするような、どこか気持が緩んだような…やっぱり彼の気持ちはハッキリしない。阿部はどこか不機嫌そうに眉を寄せた。はマイペースで、そんな彼を見ながらゲームを手作りなのか専用の袋の中に戻している。そんな彼女にムッとしたのか、阿部はいきなり手を伸ばして彼女の片手を掴んだ。さすがにそれにはも少し驚いたようだ。 「お前来るとうっとうしいんだよ!うるさいし、周りからの注目は浴びるし、水谷もニヤニヤ笑って見やがるし!」 「怒りに来たの?」 「でも俺が冷たくしても、お前は毎日来てたのに!」 「…行かなくて、寂しかった?」 掴まれた手をそのままに、はやっぱりニコリと笑った。それを見て阿部はさらに不機嫌そうな表情を浮かべる。彼女は自分の葛藤をなんとも思っていないのだ。自分が上だと思っていた。彼女が自分を好んでいるのなら、彼女より自分の方が立場は上なのだと。だが、彼は見事なまでに振り回されてしまっていた。それを自覚したからこそ、彼はやっぱり複雑な気持ちだった。そんな彼を見て、は穏やかに笑んで袋を置いた。 「最終確認のつもりだったんだよ。」 「…はぁ?」 「今日私が会いに行かなくて、阿部くんが来てくれなかったらもう会いに行かない。でも会いに来てくれたら…。」 は空いている片手でやっぱり手作りの、ゲームではないものが入っているカバンの中を探る。片手でとれるくらいの、包装された袋が出てきた。それを、ハイ、と彼に差しだした。その袋には金色のシールが貼ってあり"HAPPY BIRTHDAY"と書かれてあった。そして、やっぱりは柔らかい笑みを浮かべるのだった。 「もう2度と手放してなんてあげないからね。」 |