あたし、は生まれて15年で二度のキスを経験してしまっている。それっていまどきの高校生にすれば、決して珍しくも可笑しくもないことかもしれない(だって最近の子はマセてるって近所のおばちゃんたちも言ってるもの)可笑しい、と思うとすれば、そのキスの状況である。恋する乙女であれば、好きな人とロマンチックナムードで…とか考えてるかもしれない(別にあたしはそーゆーのどーでもいいけど)だけど、あたしの場合、ムードとかロマンとか、そういうのを考える余地すらもなかったんだ! 「。」 「…。」 「待てって、。」 「(我慢だ、我慢だ)」 「待てって言ってんだろー!」 「…うるさぁい!」 ここは学校で、廊下で、今は休み時間で、人通りが多い。そうだけど、あたしは耐え切れずに大きな声をあげて後ろを向いた。その声に周囲の人がこっちを見たのが不本意ながら分かった(その前にあたしの名前を大きな声で連呼するもんだから、見られてはいたけれど)あたしは目立つ原因となった人をジトリと睨んで見上げた。それでもその人は別段気にしていなくて、いや、それどころか笑みを浮かべていた。 「立ち止まるんじゃなかった。」 その笑みが気に入らないので、あたしはプィと顔を背けてまた前を向いて歩き始める。また後ろから榛名があたしの名前を呼ぶ。でも、今度はぜったいに振り向いてなんかやらない。今度はぜったいに立ち止まってなんかやらない。だいたい、あたしは防衛反応が鈍すぎるのだ。ちょっと気を緩めると、こないだみたいにちょっとした隙にキスを奪われてしまう(一方的にキスをしといて普通に話しかけてくる榛名の人間性はどうかと思う)また煩いくらいにあたしの名前を連呼しながら榛名は後ろをついてくる。やめてちょうだい、あたしは今から教室に戻るんだから。ほら、チャイムが鳴ってるでしょう(って、いうか、授業に遅れちゃうよ、このままじゃ) 「、待てって。」 バン、と音がしてあたしは前に進めなくなった(だって非常用のドアの前で、後ろから榛名が逃げられないように立ってるんだもん)さっきまでの人通りの多さが嘘のようになくなって(仕方ない、だって授業始まっちゃうもん)それにここは階段の前、廊下からは死角になって見えない。進めないし、下がれない。あたしは唇を噛んで、後ろを振り向いた。今度の榛名は笑ってはいなかった。怒ってもなさそうだけど。 「榛名、手退けて。」 「ヤだね。」 「授業始まったよ。」 「関係ねーよ。」 関係なくない。次の授業は古文なんだ、あたしの一番苦手な授業なのに。だけど、榛名は腕を退けてくれそうにない。榛名と向き合っていると、まるで榛名に閉じ込められているような感じになるので(まさに、そういう状態なんだけど実際は)また榛名に背を向けた。向き合っていると、否が応でも榛名の目に視線がいってしまう。この人の目は危険だ。たまに、金縛りにでもあってしまったかのように体が動かなくなってしまう(事実、それでキスを二度も奪われたんだから) 「好きだ。」 またこの言葉が発せられた。二度目だ。榛名はこれを言ってから二回、あたしの唇を奪った。何も言わずに奪ったわけじゃない。この言葉を紡いだ榛名の目を見て、まるで金縛りにでもあってしまったかのように動けなくなった。その隙にあたしはキスをされていた。でも、今日は背を向けている、キスだって奪うことはできない。心臓が高鳴るのにあたしは気づかない振りをして、この時間を耐える。このまま後ろを向けていれば、キスはされない。これ以上、揺さぶられてたまるもんか。 「…。」 しかし、次の瞬間、ゾクリとしてしまう。髪を持ち上げられ、首筋に榛名の唇が触れた。思わず悲鳴をあげてしまいそうになったのを、必死で耐えた。けれど、衝動は耐え切ることができず、あたしは眉を寄せて榛名の方を向いた。そして、両手で榛名のお腹を押す。一生懸命にあたしは榛名を押した。だけど、体格がぜんぜん違うし、あたしは女で榛名は男だ。頑張ってもあたしの力が榛名に勝ることはない。それどころか、ひょいと両手を奪われてしまった。 「、好きだ。」 やめて、やめて、やめて。あたしは耳を塞ぎたかったけど、両手が捕われているのでそれもできず、顔を俯けて目を瞑った。好きだと言われても困る。そりゃ、榛名はカッコいくて、野球も上手くて、女の子からの人気もある。あたしだって、榛名がカッコいいのは分かってる。だけど、ダメだ。榛名には野球がある。野球を一番に考えてる榛名にどうして応えればいい、どうして想えばいい。一番にあたしを想ってくれないならば想ってくれなくていい。それならあたしの心の中に入ってこないでほしい。だからあたしはこうやっていつも必死に榛名を拒んでいる。 「…ヤだ。」 「だって、俺のことが好きなくせに。」 「ちがう。」 どうしてあたしが榛名の気持ちに応えられる。どうせ榛名は野球を選ぶ。ふたつを見れなくなったとき、迷わず野球を選ぶに違いない。そのときあたしはどうしたらいい。あたしの気持ちはどこへやったらいい。哀しむ、傷つく。それなら最初からいらない。いらないんだから、あたしを求めたりしないで。 「榛名に、は、野球が、ある、くせに。」 「は?」 「榛名、は、野球が、一番の、くせに。」 あたしはワガママだから、きっと榛名を好きなんだと認めれば、榛名がほしくなってしまう。だから、好きだと認めなければいい。嫌いだと、思い込んでしまえばいい。だから、あたしを求めないで。中途半端な愛情なんて、いらない。 「俺は野球もも欲しいんだよ!」 絞り出すような声に、思わず顔をあげてしまった。目の前にいる榛名は、切羽詰まったような顔で、あたしの手を持っている手の力が、今までよりも強いものになった(痛いけど、ちょっと痛いけど、言えなかった) 「何でどっちか捨てたり、諦めたりしなきゃいけねぇ。」 「はるな。」 「野球しながらじゃを想えないなんて思わねぇよ!」 あたしの胸がぎゅうと締め付けられる。捕われている手首は、きっと赤い跡がついてる(だって痛いもん)でも、それ以上に心がやられてる気がした。顔が熱くなって、でも、それ以上に目頭が熱くなって、気がついたら頬を一筋の涙が伝っていた。 …ほんとう? 「が、ほしい。」 榛名はあたしの手首を解放すると、あたしの頬に手を添えた。投手のくせに無防備に冷えたその手が熱い頬には気持ちがよかった。榛名はあたしを金縛りにさせてしまう瞳で、あたしを見つめる。そして、ゆっくりと近付いてくる。 |
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榛名の強い眼差しを受けながら、あたしは自分の手をぎゅっと握り締め、三度めにして初めてだろう、静かにゆっくりと目を瞑ってみたりする。 |