夏は、呆気なく終わってしまった。レギュラーではなく控えの選手だった俺はベンチで見ているしかできなかった。俺だって思ってもみなかった、まさかの敗退。負ける要素なんてぜんぜんないって思ってた。ベンチに戻ってきた先輩たち、迅も目に涙を浮かべていて、俺も目がじんわりと熱くなってきて、少しは堪えようと思って乱暴に目をこすったけど、ぜんぜんとまってくれそうにはなかった。マネージャーである先輩たちも静かに声をあげて泣いていた(俺だけ泣いてたらカッコ悪いと思うけど、みんな泣いてるんだ、もういい!)そんな中、一人の女の子が目に入った。だ。 「(?)」 準さんの幼馴染で、準さんに誘われて高校から野球部のマネージャーになった。二人は付き合ってはないらしいけど、お互いに好き合ってることなんて野球部内で知らない人はいないと思う(それこそ、監督でさえ知ってると思う)同じクラスだからっていうこともあって、俺はが泣いているところを何度か見たことがある(映画鑑賞の時間とか、戦争の話とかで…俺も泣いてた、けど…)涙腺…だっけ、弱いんだって自分で言ってた。だから、今日だって誰よりも泣いてるんだろうって思ってた。だけど、は泣いていなかった。それどころか、無表情って感じの顔で、みんなを見ていた。驚いて、俺の涙が少しとまった。 「さあ出るぞ!次のチーム待たすなよ!」 和さんの声でみんなは泣きながらも荷物をまとめて肩にかける。和さんは、泣いていないみたいだった。黙々と荷物をカバンに詰めてカバンを持って立ち上がった準さんの後ろを俺は歩く。なにを考えているのか、その場から動こうとしないを、今日は準さんの代わりに俺が引っ張った。は、なにも言わなかった。廊下に出て少しして、俺の前を歩く準さんが立ち止まった。自然に俺もも立ち止まる。準さんは顔を俯けて和さんを呼んだ。和さんは振り返る。 「スンマセン、でした。スンマセン…。」 「お前が謝ることはいっこもない。」 準さんの声は震えていた。でも、俺は準さんよりも隣りにいるの方が気になっていた。は今、なにを思ってるんだろう。こんなにの考えてることが分からないときは今までなかった。俺はチラリとを盗み見しても、はそれに気づいていないようで、ただ真っ直ぐに準さんを見ていた。俺らが見る中、準さんはバッと顔をあげた。なにかが散ったような気がした。 「…俺はっもっと…いっ一緒に…っ。」 準さんは。 泣いていた。 「力足んなくてごめんな!もっとうまく投げさしてやりたかった!」 和さんも。 泣いていた。 みんなが泣き崩れていく。俺もまた目が熱くなってきて、また乱暴に目をこすった。ちくしょう、和さん終わっちゃったじゃんかよ…っ。俺を含めて、みんな、ここが廊下だとかそういうの気にしていなかった。いや、気にできるはずなかった。どんどん溢れてくる涙をついに俺は拭うことをやめてボロボロと零した。だけど、思い切り声をあげて泣くことはできなかった。俺の隣りで、まるで気持ちをなくした、まるで人形になってしまったようながどっかで気になった。 「(…大丈夫なのっ)」 ----- あの試合の後、三年生は引退した。それと同時に、準さんは練習に顔を出さなくなってしまった。西浦に負けたって、準さんはすごい投手だ。桐青に準さんよりすごい投手なんていない。俺だって準さんのシンカーを受けたくて、高校に入っても野球を続けてるんだから(そりゃあ、本当は兄ちゃんのいる美丞に行きたかったけど)先輩が腰を痛めてるから、今のところ正捕手は俺に決まった(ふくざつ)でも、準さんが来ない。はちゃんと部活に来ている。いつものように笑顔を見せて、くったけない話をしているけど、たまに、あのときみたいに気持ちがなくなってしまったような顔をすることがある。は、なにを考えてるんだろうか。元気がない気がするのは、きっと間違いじゃない。 「ー、監督が呼んでたけどー。」 「あ、本当?ありがと、利央。」 は笑って言うと走って行ってしまった。監督が難しそうな顔をしていたのが気になるんだけど…。俺はなんか耐えられなくなって、片付けも終わってないのに密にを追いかける(迅に怒られたけど、ごめんって言っておいた)なんだか、すごっく嫌な予感がするんだけど。監督は部室の前のイスに座っていて、は監督の前に立っていた。俺はどうにか気づかれないように部室の裏側にまわりこんで、聞き耳をたてる。 「お前…本気なのか?」 「本気です。」 なにが"本気"なんだろうか。話はよく分からないけど、空気がなんか重たい気がするのは俺にだって分かる。ドキドキする心臓を手でおさえて、俺は集中する。 「野球部のマネージャーを、辞めます。」 …なっ!なんだって、って言いかけたのを慌てて自分の手で塞いだ。聞こえただろうかって思ったけど、は話を続けているから俺の盗み聞きはバレてないんだろう。が、マネージャーを辞める、だってえ?いつだって、誰よりも近くで準さんを応援していたのはだ。試合に負けたときも、勝ったときも、準さんが体を壊してしまったときも、一番近くにいって、励ましたり、怒ったり、代わりに泣いてあげていたのはだ。そんなが、自分から準さんから離れていってしまうなんて…俺には信じられなかった。 「がいたら準太はじきにここに戻ってくると思うぞ。」 「いなくても、準太は戻ってきますよ。」 の声が、元気ないように聞こえた。そんなことない、そんなことないよ!俺はそう言いたかったけど、一生懸命にそれを堪えた。にとって準さんは一番近くにいてほしい人で、準さんにとっては一番近くにいてほしい人で…。そんなことを考えていたら、手に冷たいものが落ちた。 (こんなのは、嫌だ) 「利央、いるんだろ、出てこい。」 は監督に、ありがとうございました、と言ってから走って行ってしまった。その後、俺は監督に呼ばれた。どうやら、俺が部室の裏にいるのを監督は知っていたみたいだ。俺は目をこすりながら監督のところまで歩いていく。俺が泣いているのを見ると、監督は鼻で笑って、このタコ、といつもの台詞を言った。だって仕方ないじゃないッスか。俺はと準さんがいつも仲良さげに話をしていたり、助け合ってるのを近くで見てたんだ。そんな二人が、ちゃんと気持ちが繋がってるのに、遠くなっていくのは嫌だ。また涙が出てきて、鼻をすすると監督がまた、タコ、と声をあげた。 「準太め、戻ってきたらの分含めて走らせてやる。」 「…はちゃんと、部活出てきてたじゃないっスかぁ。」 「あいつがした部費の計算が万単位で違うんだよ。」 最初からやり直しだ信じらんねぇ、と監督は苦笑いをした。でも、俺は胸のどっかでホッと安心してしまった。は、気持ちをなくしていたわけじゃないんだから(珍しく計算間違いしちゃうなんて、それも万単位の間違いなんて、がものすっごく動揺してるからだ)監督は座ってる俺の頭の上に乱暴に手をのせて、グシャリとやった。 「今まで準太はや和己に頼りすぎてた。」 「…。」 「でも和己は引退して、は自ら退部。」 「でも、でも、は…!」 「だから準太が戻ってきたら今度は奴がを戻すんだよ!」 監督の言葉に、俺の涙がピタリととまった。 「準さんが…を…?」 「当たり前だろ、準太が原因だ、準太に責任をとらせる。」 「準さんなら、を。」 「あいつしかいねーだろ、それができるのは。」 監督のウィンクを、試合以外のときに気持ち悪くないと思ったのは何度目だろうか(今日はやけに眩しかった気がする)俺はぬれてる目をゴシゴシを腕で拭いた。泣いててもどうしようもない! 「だがな、準太を戻すのはお前の役目だぞ、キャッチャー!」 「はいっ!」 |