「河合和己のバカヤロォー!」 ギョッとした。思わず目を見開いた。開いた口が閉じなくなりそうだった。マヌケと周りから言われようが、それくらい俺はかなりの衝撃をくらったんだ。グラウンド中に、いや、もしかしたらそれ以上、響いたかもしれない大きな声。その声は紛れもなくカズさんの名前をいれていて、よりにもよってバカヤロウなんて罵声を浴びせている。俺は血の気を失いそうになった。なぜかは知らないが桐青の野球グラウンドの中まで入ってきてる奴。ちーっこくて生意気なことを言った奴の、頭を容赦なく俺は鷲掴みにしてやった。 「てっめぇ〜!」 「いたいいたいいたいいたいぃ!」 罵声を浴びせられた本人、カズさんも、当たり前だが驚いているようで、瞬きを数回しながら、俺に頭を鷲掴みにされているこの悪い奴を見ている。そのままの状態で、俺は何度も何度もカズさんに頭を下げた(その衝撃でよけい痛かったのか、下から悲鳴があがったが完全無視した)騒ぎを聞きつけたのか、慎吾さんやヤマさんたちまで集まってきてしまった。 「すげー声、和己に罵声浴びせた面白い奴誰?」 「女の子の声…って、あれ?」 慎吾さんたちの視線も、俺に頭鷲掴みにされている悪い奴に向けられる。俺に掴まれたまま、こいつはぷぅっと頬を膨らませているようで、どうやら反省の色はない(もっとしめてやろうか) 「ま、まぁ落ち着け準太。」 「なに言ってるんスかカズさん、悪いのはコイツっスよ。」 「いや、でも、相手は小学生の女の子だし…。」 カズさんは優しい…じゃなくて、甘い!俺がそのかわりに反対の手でコンと頭をたたくと、いた、という声が聞こえた。昨日俺の部屋に来て、珍しく怒りもしないでカズさんのことを聞いたと思えばこういうことだったのか!写真を見て、どれがカズさん?なんて聞くからなんだと思ったぞ! 「その子、準太の妹?」 「違います、近所のガキで名前は…。」 「、将来準太のお嫁さんになるんだから!」 「…勝手に言ってるだけだから気にしないで下さい。」 の頭をポカッともう一発軽くたたいてやった。はまた頬を膨らませて、怒ってるようだったが、俺だって怒ってるぞ。よりにもよってカズさんにバカヤロウってなんだ、バカヤロウって(カズさんはバカなんかじゃない、むしろ頭がいーんだ!)の発言に、慎吾さんは愉快そうに笑みを浮かべながら、未だに頭鷲掴みのままのの肩をポンとたたいた。 「ちゃんかぁ、準太のこと好きなんだ?」 「好きだよ、だから河合和己には準太あげないんだから!」 「…ぶっ、くく…!だってよぉ、和己!」 「…あのなぁ、面白がるな慎吾。」 慎吾さんもヤマさんも愉快そうに笑っている。カズさんはなんか、やっぱり困った顔をしてるし。つーか、どうしてそんな発想になるのか、の発想には俺はついていけない。カズさんのことはもちろん慕っているが、だんじて俺は危険な道を歩く男ではない、違う、だんじて違う。 「すんません、野球の話するとどうにもカズさんの名前が出ちゃって、だからが変に勘違いしたみたいで…。」 「いや、大丈夫だ、気にするな準太。」 「あたしの準太を馴れ馴れしく呼ばないで!」 「ッ!」 「ぴぎゃっ。」 デコをペチッとたたくと、なんかおもちゃのような音…じゃない、声が出た。これはこれで面白いけど、今はそういう場合じゃない。だいたい、どうして小学生のが桐青高校に姿を現しているんだろう。ルールを思い切り破って外出か!それもこんな遅くに!頬を両手でひっぱってやると、またも悲鳴があがった(頭鷲掴みはやめた) 「ちゃん、小学何年生?」 「小学6年生、桐青小学校6年1組。」 「クラスに準太よりカッコイイ男はいないの?」 「いないよ、準太が世界一カッコイイんだもん。」 「…くくっ、だってよー!モテるねぇ準太!」 楽しんでる、ぜったいに楽しんでるな慎吾さん、ヤマさん!だいたい、は小学6年生で、俺は高校2年生だっつーの!俺はこの状況を確実に楽しんでいる2人に密かに拳を震わせながらも、一応は先輩なので殴るわけにもいかず我慢することにした。それにしても、にはまったくもって反省の色がない。 「、カズさんに謝れよ?」 「…イヤ。」 「謝らないともう話してやらないぞ。」 「…う。」 「家に来るのも禁止にするぞ。」 「…ご、めんなさいでした…。」 少し不服そうではあるものの、一応は謝罪の言葉を述べたに俺は短く息をはいた。つーか、はぜったいに俺を好きだと勘違いしているだけだと思う。兄さんとか父さんとか、そういう違った意味の好きに近いんだと思う。だって、相手は小学生だ。赤いランドセルを背負って、集団で下校しているような子どもだ。俺はポンポンとの頭を軽くたたいた。 「練習終わったから俺も帰るから、ここで待ってろ。」 「一緒、帰ってくれるの?」 「こんなに暗いのにガキ1人で帰せるか。」 「…あたしガキじゃないもん。」 カズさんはどうやら着替え終わっていたらしく、バカヤロウ呼ばわりまでされたのに、俺が着替えてくる間、を見ていてくれるらしい(本当、カズさんは人間ができている)だが、が再びカズさんに暴言をはかないかが心配だ。1回注意すればはたいていもうしないから、大丈夫だとは思うが…。心配でならない俺はチラチラ振り向きながらも部室へと向かう。 「準太、ちゃん将来美人になるぞー。」 「やめてくださいよ、は妹みたいなもんスから。」 「そんなこと言ってー、将来結婚してたりしてー!」 「ぜったい、ないっスね。」 ニヤニヤ笑いながら、俺をできるだけ面白くいじってやろうと思っている2人の間を逃げるように抜けて、俺は部室へと急ぐのだった。 ----- 「ぜったいない、って言ってたのになぁ!」 「…人間には1度や2度の過ちがつきものです。」 「しかも3年前に向こうから別れを切り出されたのにな!」 「…あー、もー、聞き飽きましたよそれ!」 カズさんバカヤロウ事件から10年が経過。俺は、あのときは思いもよらない日も迎えていた。関係者以外は…の、くせに堂々と控え室に入ってきた慎吾さん。相変わらずのニヤニヤ顔で俺を見ている。 「つかさ、あのときからちゃん好きだったんじゃね?」 「ち、違いますよ!さすがに小学生のときじゃ…。」 「じゃあ、中学入学してから?」 「…もーいーでしょー!」 「中学入って、ちゃん一気に可愛くなったもんなぁ。」 「慎吾さんッ!」 あのときから、はことあるごとに野球部の見学に来るようになってしまった。最初は、監督に追い返されるだろうと思ってたが、意外にも監督は歓迎をしてしまい、よく隣りに座らせて見学させていた。その都度俺はを家まで連れて帰る役割を担い、それだけじゃなくて夕飯を一緒に食い、宿題まで手伝うことになっていた(俺、野球で疲れてるはずなのになんで手伝ってたんだ)そしてなんの過ちかしらないが、今日…。 「準太ー、あたしの花飾り知らない…って、慎吾さん。」 「おーす、楽しみにしてるぜー。」 「期待しててくださいな。」 「てか、失くしたらヤバイから持ち歩くなって言ったろ。」 「だって可愛かったんだもーん、じゃあまたあとで!」 ここに置き去りにしていた花飾りを受け取ると、はニコニコ笑いながら控え室を出て行く。今から、はかなりの時間がかかる。慎吾さんは相変わらずのニヤニヤ顔で、なんかもー、見慣れるを通りこして見飽きたその顔! 「将来は準太のお嫁さん…か、なっちゃうなーマジで。」 「だからもうにちょっかい出さないで下さいよ。」 …へへってなんスか!もうちょっとハッキリした答えが俺は欲しいんですけど、ねぇ、慎吾さん! |