「いってきまーす!」



元気よく声をあげて家を出て行く。俺はそれを未だボーッとする頭のまま、手を振って見送った。高校の方が始業が早いのに加え、今日俺の必要な講義は昼からだ。いつまでも寝てたら癖になりそうなのでとりあえずは適当な時間に起きたのだが。俺は背伸びをしながら欠伸をひとつした(昨日、なかなか寝付けなかったからまだ眠い)テーブルの上を見ると、律儀にも俺用の弁当が置いてある。開けて見ると、この前よりも凝ったおかずが目に入った。弁当のふたを閉めて、俺は苦笑した。は何もなかったような顔をしていた。昨日、俺が抱きしめ返してしまったことに、何も思わなかったのだろうか(それとも、俺が気にしすぎたのか)



「相手は高校生だぞ、準太。」



独り言のうえに自分に呼びかけ、これはキモイ。慌てて首を横に振って自分を誤魔化した。まぁ、先に抱きしめてきたのはだ。だけど、俺が抱きしめ返すことはなかったよな…その場の衝動に流されすぎじゃねぇか、俺。今まで二回ほど彼女はできたことがあるけど、どっちも長続きしなかったせいか、抱きしめるとか、それこそキスとか、したことねー。もしかしたら、そこまで好きって気持ちもなかったかもしんねー(こんなこと聞かれたら串刺しにされかねないが)野球の方が優先だったから、二人とも最後には、私と野球どっちが大事なの?と聞いてきて、あとはもーよくあるパターンってわけだ…俺が悪いのか、あれって?



「(とりあえず、服着替えよ)」



寝間着代わりのジャージのままじゃ、いつまで経っても眠気が覚めそうにない。いそいそと自分の部屋に戻って適当な服に着替えた。顔を洗って朝飯食って、歯磨きをしたら少しはシャンとした。昼の講義まではまだまだ時間がある。大学までの距離もそんなにないから行くにも時間はかからない(つくづくいい物件だったと思う、持つべきものは不動産屋の息子である友達だ)テレビをつけてニュースでスポーツの報道を見ていたら、ピンポーン、とチャイムが鳴った。こんな朝っぱらから誰だ。利央は今日は朝から講義だと言っていたので違う。が忘れ物をして帰ってきたとか(それならもう遅刻もいいところだ)もしかして宅配便とかかな、俺は返事だけしてゆっくりと玄関に向かった。



「どちらさまですか?」



ガチャリとドアを開けて見ると、そこには一人の男が立っていた。40代くらいの男だった。見覚えは、まったくもってない。どうやら宅配便でもなさそうだ。それなら誰だ、もしかしてうるさいセールスとかじゃねーだろうなぁ。俺は胸の内で舌打ちをした。男はかぶっていた帽子を脱ぐと、深々と頭を下げた(少しビックリした)



「お初にお目にかかります、高瀬準太くん。」

「は?」

「少々お時間をよろしいですかな。」

「えっと、どちらさまで…。」



俺は訝しげに男を見た。見た感じ、悪徳商法とかしつこいセールスをしそうな人間には見えないんだけど。それにしても、何で俺の名前をフルネームで知ってるんだろう。表札には、高瀬、としか書いていないのに。俺が怪しんでいるのが向こうにも伝わったのだろう、男は、失礼、と言ってゆっくりと言葉を紡いだ。



「高瀬の父親です。」

























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どうしてこういうことになってるんだろうか。俺は今、高瀬の父親と名乗る男と家の近くの喫茶店に入っている(見た感じ値が張りそうな場所で、今までに一度も入ったことはない)昨日利央が言った通り、は母親似らしい。この父親とが似ているところは思い浮かばない。だが、決していかついオヤジとか、そういうわけでもない。見た目的には頭の良さそうなキチッとした男だ。美人と言われていたの母親をおとせてもおかしくなさそうな感じの、男だと思った。その男、もとい、の父親は注文を聞きに来たウェイトレスに、エスプレッソ、と頼んだ後、俺にどうするかと尋ねた。俺も同じもの、と頼んでおいた(さっき飲んだから、本当は別に飲まなくてもいいんだけど)



「俺のところに来た、ってことは分かってるんですよね。」

が君のところにお邪魔していることだろう。」

「はい。でも本人は連絡してないって言ってましたけど。」

「これでも娘の身が心配でね、人に頼んだのだよ。」



ピンときた。興信所か探偵に依頼したってことだろう。でも、それならばもっと早く俺のところに来てもおかしくないはずだ。それもが学校に行っているときに来なくても、連れ戻したいのならばがいるときに来ればいい。もしくは、学校から戻るときとかに連れ戻せばいい。それなら、どうしてこの人は俺が一人でいるようなときに出てきたのか…それはたぶん、俺と話がしたかったからなんだろうけど。



、さんを連れ戻しに来たんじゃないんですか?」

「娘は頑固者でね、連れ戻したんじゃ繰り返すだけだ。」

「…そうでしょうね。では、どうするつもりで?」

「君にを説得してほしくてね。」



やっぱりそうきたか。俺は内心でそう思いながら、持ってこられたばかりのコーヒーを一口飲んだ。は父親との意見が合わなくて家出をしてきた、と言っていた。肝心の"意見"というのがどういうものなのかは聞いてないけれど。"あたしは本気です"そう言ったときのの顔は真剣そのもので、俺を圧倒した。あの真剣さに負けて俺は同居を承諾したのだから。だからこそ、俺がを説得して家を追い出すわけにはいかないんだ。俺はコーヒーカップを皿に置いての父親を見た。



「それはできかねます。」

は女で君は男だ、どういう意味か分かるだろう。」

「もちろん分かりますよ。でも、には強い意志を感じました、だからこそ事情も何も知らない俺が無理矢理彼女を追い出すわけにはいかないんですよ。もし男の家にいるのが心配なのでしたら、女の人の家を紹介しますが。」



人様の揉め事に首を突っ込みすぎかな、とは思ったものの、と直接話し合いをするならまだしも、俺に説得をしてくれっていうのはおかしいだろう(俺って本当にお人好しかもしれない)親であるならば、無理だと分かっていても自分で説得するのが当たり前だ。なんとなくだが、俺にはわかった。この人はを説得するのが第一なんじゃなくて、連れ戻すのが第一なんだ。がどうして家を出たのか、そういうことは二の次なんだ。あのときの顔を俯けたの表情と沈黙は、決して軽いものなんかじゃない。俺は妙な苛立ちを感じた。その人は少しの間黙っていたが、何やら考えるようなポーズをとっていた後、また口を開いた。



「君は確か、桐青大学だったね。」

「…そうですけど。」



俺のことまできっちり調べてあるわけか(こりゃ、もしかしなくても、金持ってる奴だな)ここまで金をかけているのなら、どうして強行的にを戻そうとしない。連れ戻しても繰り返すだけ、と言っていたけど、何度か前科があるのか。俺は向こうが何かを言ってくるのを待った。



「野球部に所属しているようだね、しかも将来有望なエースピッチャーと聞いたけれど。」

「将来有望かどうかは知りませんが、ピッチャーです。」

「僕はプロ野球の関係者にも知り合いがいてね、なんなら君をプロに入れてもらえるよう話をしてもいいのだが。」



それは言い換えると、僕の言いようによってはプロへの道が閉ざされる、ってことですかね?敢ては言わないでいたけど、の父親の表情からハッキリとそうが伝わってきた。どうやら向こうも少なからず苛立ちを感じているようだ。権力を持った奴はそうやって人を操ろうとする。最近の世の中って怖いもんだな、ホント。そうは思うものの強くは言い返せない。正直言って、俺は今迷っている。プロに進むべきか進まないべきか。ここまで進めたのは、誰のおかげでもない、のおかげだ。だからこそ、俺は強くは言い返せない。ダメになったとき、そしてそれを知ってしまったとき、はぜったいに自分を責めてしまう。俺は黙っていた。



「…まぁいい。しばらく放っていても過ちはおきないだろう。君には君にふさわしい者がいるように、にはにふさわしい者がいることを君は分かっているだろうからね。」



お金はここに置いておくよ、と言っての父親はテーブルに金を置こうとしたが、俺はその手をとめて自分の財布から金を出して、バンと音をたててそれを置いてやった。失礼します、とだけ言って足早に店から出る。ありがとうございました、というウェイトレスの声も、わずらわしいだけだった。腹立たしさは一向に消える気配はなく、俺は乱暴に地面を蹴った。いつの間にか歩いていたのが早足に代わり、最後には走っていた。"君には君にふさわしい者がいるように、にはにふさわしい者がいることを君は分かっているだろうからね"この言葉がやけに脳裏を圧迫していく。そんなことは言われるまでもなく分かっている。と俺は五歳も違う。俺と同じ年齢になるまでにはまだたくさんの人と出会ってるだろう。その中にもしかしたら…。



「…クソッ!」



俺は何に対して腹をたてているんだ。の父親があまりにも自分勝手だからか?子どもを思うがままにしたいと思っているからか?俺の道を邪魔しようとしているからか?それとも…俺とではつりあわないと言われたからか?それは…ない、あってはいけない。"あたしは準太が野球続けててよかったって思うよ"は俺を救ってくれたけど、俺はを救うことはできないだろう。俺は俺のことで精一杯だ。余裕なんかない。俺は拳を強く握って、自分の思考を遮るように空を見上げた。あまりにも晴れ過ぎた空が、憎らしいと思えてしまった。きっとは、こんなこと思ったりなんかしないだろう…。












(俺はあいつのために何ができる?)




アトガキ

シリアスになっちゃいましたね。
微妙にトップの説明を変えてるのにお気づきですか?
連載にするとどうしてもシリアス混じっちゃうのが、
私の書くお話には不可欠みたいですね。
次は夢主サイドです。
彼女は何を思うのでしょうか。