
準太が帰ってきたのは、十時半くらいだった。あたしはもっと遅いだろうと思ってたけど、そういえば明日準太は朝バイトで昼から練習だったことを思い出して納得した。準太はけっこう真面目な人だからバイトに支障が出たらいけないとか考えて早めにあがったんだろうなぁ。おかえり、と言うと、ただいま、と笑顔で返されて、今までぜんぜん意識なんてしなくて普通だったのに、ちょっと照れてしまいそうになった(慌てて背中を向けたけど、不自然じゃなかっただろうか)一緒にリビングに行ってから、準太は何かの箱をあたしに差し出した。何だろうと思って開けてみると、中にはあたしがおいしいと言っていたストロベリームースのケーキが入っていた(憶えててくれたんだ、嬉しい!) 「わーい!ストロベリームースだぁ!」 「確か好きだって言ってたよな。」 「好き好き大好きー!」 まるで小さな子どものようにはしゃいでケーキに愛の告白をする(それなら勇気を出して準太に告白をしようよ、あたし)と準太はなぜか顔をそっぽ向けた。まぁいいや、と思ってあたしはお皿とフォークを持ってくる。ケーキはふたつあったから、自分の分も買ってきたんだろう、一緒に食べよう(夜に甘いものなんて食べたら太るってが言ってたけど、そんなの気にしてたら生きていけないよ!)準太の前にお皿とフォークを置くと、準太は、え、と声を出してあたしを見た。 「え、って準太の分も買ったんでしょ?二個あるよ。」 「いや、今日と明日の朝にでもが食べるかなって。」 まったく同じケーキを二個買ってきた理由ってそれ?普通同じケーキを夜と翌日の朝に食べたりしないでしょ。準太は真顔であたしに言ってきたもんだから、あたしは可笑しくなっておもわずふきだしてしまった!まるで準太が笑いのツボに入ったときのように笑い出したあたしを、準太は呆然としたようすで見ている(あたしだって初めて準太がツボったときにはこんなんだったもん!)だって、だって、可笑しー! 「ちょ、笑いすぎだろ!」 「だって、だって、くっ、ふふふっ、可笑しー!」 「!」 「普通の人なら一個しか買ってこないよー、あははっ!」 「う、うるせー!好きだっつってたから!」 「あははは、もー、可笑しすぎるー!」 「笑いすぎだっつーの!」 準太が拳を振り上げた(殴るつもりはないだろうけど)けど、あたしはやっぱり可笑しくて、笑いがとまらない状態。準太は、コノヤロ、とあたしにヘッドロックをかけてくる。それでもあたしの笑いはとまらない。だってー、真顔で朝と夜用だって、薬じゃないんだからー!頭をがっちりとやられてもあたしは笑い続けてる。それに準太は文句を言いながらしめてきた。でも本気じゃないからぜんぜん痛くないんだけど。じゃれ合ってるのが、また楽しくてあたしはますます笑ってしまう。 「いー加減笑い止め!」 「あははー、笑い止めだってー!」 「コノヤロ…おらっ!」 「あはは、って…きゃあ!」 準太の重みが一瞬だけどあたしにかかってきて、準太より体がひとまわりふたまわり小さいあたしは耐え切れずに後ろに倒れてしまう。ソファだったから背中を打たないですんだのがラッキーだ。それでも準太が上に倒れてきたから、ちょっとお腹の辺りが痛かったりする。あたしが、うー、と声をあげると、準太は気がついたのか慌てて自分の体を浮かせた。顔をあげると、異様に近い位置に準太の顔があって、お互いに短く驚嘆の声をあげてしまった。 「…。」 「…。」 こ、この体勢は…。"男は狼、って言葉を知ってるか?"準太の家に住ませてもらおうと押していたときに、諦めさせようとして準太が…。そう、ぞくに言う、押し倒されたって体勢(準太は決して狙ったわけじゃないけど)10cmそこらに準太の顔があって、あたしの顔の熱は一気に上昇した。気のせいかもしれないけど、準太の顔も赤い気がする。お互いに言葉を発せられないまま、テレビの音だけが聞こえた(クイズ番組見てたから、ピンポーン、とかいう音が聞こえてくるけど、それでもこの妙な空気は崩せそうにないらしい) 「…。」 「じゅ、準太?」 さっきまで赤く染めていた準太の顔が、真顔になってる。それにちょっとドキッとして(ウソ、すっごいドキッてした!)それでも準太から目を逸らせなかった。…え、ウソ、なんだか準太の顔が近くなってる気がするんだけど。もしかして、もしかして、これが、男は狼、ってやつですか?相手があたしであろうと、関係ないの!?え、うそ、やだ、って、ヤじゃないけど。でも、ちょっと待とうよ準太、あたしはその場の流れでのキスなんて嫌だよお!(って思ってる間も準太の顔が近くなっていく) タララララララ〜♪ 「!!!!!」 「!!!!!」 とつぜん聞こえてきた携帯の着信音にあたしも準太も過剰反応してしまった。準太なんか一気にあたしから飛び退いた。あたしも起き上がって、未だドキドキと目まぐるしく活動する胸を押さえた。準太は右手で頬をかいて、ポケットにいれていたらしい携帯をとった。どうやら、携帯は準太の方だったらしい(そりゃそうだ、あたしの携帯は部屋に置きっぱなしだもん)あたしの方を見て、申し訳なさそうな顔をしてから、携帯の受話ボタンを押す準太。和サンとか慎吾サンかな、あ、利央サンとかありそう。あの人酔っ払って家に帰れなくなってたりして。一人でちょっと想像していると、熱が少し冷めてきた気がする。けど…。 「え、冬子先輩!」 あたしは目を見開いた。準太の口から発せられたのは、間違いなく女の人の名前だ。準太の言い方からして、まさか電話してくるなんて思ってもいなかった相手のようだ。誰だろう、トウコ先輩って…。あたしの心中は穏やかではない。黒いモヤモヤしたものがグルグル回ってる。準太はあたしのものでも、あたしの彼氏でもないのに。それこそ、あたしが無理矢理準太の家に転がり込んで迷惑かけているだけだ(ヤだ、なんか自分で言ってて最悪な人じゃんあたし)耳の神経が準太の電話に向けられてるのが分かった。あたしはなるべく準太を見ないようにして、それでも神経はそっちに向けていた。 「いや、気にしなくても。ぜんぜん大丈夫ですから。」 本当に気にしてませんから、とか、先輩こそ気にしないでください、とか、そういう話をしてる(ヤだ、あたし、記憶しようとしてない?)どうやら、あたしの推測からして、トウコ先輩というのは野球部関連の人、マネージャーとかで今日飲み会に参加していた人だと思う(そうだよね、あんなに部員多いんだもん、マネージャーくらいいるよね)準太の電話は意外にも短くて、三分もしないうちに準太は携帯を閉じた。 「悪い、いきなり電話して。」 「い、いや、準太の家だし、気にしないでいいよ。」 「…それと…。」 「あ、いや、あたし力つけなきゃね!」 「…は。」 「準太が倒れてきても支えられるくらい!」 「え、いや、。」 「じゃ、今から腕立てでもしよっと!おやすみ!」 あたしは顔を近づけられたことよりもトウコ先輩のことが気になって仕方がなかった。もしかして彼女?もしかして好きな人?それならあたしは早いうちにこの家から出て行かなくちゃ。準太から離れなくちゃ。告白なんてしてなくてよかった、冗談っぽくでも、好き、なんて言ってなくてよかった。部屋に戻ってからあたしは布団に勢いよく伏せた。そういえばストロベリームースを食べていない、と気がついたけれど、今更準太にどんな顔を見せればいいのかと思って諦めた(せっかくの準太の優しさだったのに)辛いなぁ、恋愛って甘くないよ。流れてくる涙に、あたしは気づかないフリをして、静かに目を瞑った。 「ヤベェ…電話なかったら、にキスするとこだった。」 準太の呟きがあたしに聞こえるはずもない。トウコ先輩のことばかり考えていたあたしは、案の定夢の中でもトウコ先輩(仮の姿)を見てしまい、それも準太と手を繋いで歩いていて、自分で勝手に起きてから落ち込んでしまうのだった。 ----- 次の日、あたしの目は少し腫れていた。以前に読んだ雑誌に戻し方が書いてあったのを思い出して腫れを治した(準太よりも早起きでよかった)普通どおりにしよう、普通どおりにしよう、そう自分にずっと言い聞かせて、起きてきた準太になんとかいつものように挨拶をした。準太は一瞬の間はあったものの、おはよう、と返してくれた。あたしは必死で自分の気持ちを隠す。準太に好きな人がいるなら、彼女がいるなら、あたしは自分の気持ちを準太に伝えるわけにはいかない。あともう少しまでの間、あたしは準太の"妹"のように過ごす方がいい。土曜日は妹に勤めることにものすっごく疲れたけど、日曜日は土曜日よりも疲れなかった(少し気持ち隠すのに慣れたのかもしれない)そして、月曜日。 「おかえり。」 「ただいま…って、準太の方が早いの珍しい!」 「今日は部活がミーティングだけだったからな。」 月曜日、買い物を済ませてから帰ると準太が出迎えてくれた。買い物よりもミーティングの方が早く終わったらしい。準太は夕飯を作るのを手伝うと言ってくれたけど、珍しく練習がない日だからしっかり休んでほしかったので、半ば強制的にキッチンから追い出した(その間準太はリビングでテレビを見ていたようだ)夕飯を食べてから、あたしはほしかった雑誌が今日発売だったことを思い出した。時は既に遅し。時間はもう七時にまわっていた。冬だから、いうまでもなく真っ暗。それでもどうしても今日中に雑誌を手に入れたかったあたしは勇気を出して準太に言い(怒られるから)けっきょくは準太がついてきてくれるということになったわけだ。 「ごめん準太、せっかくの休みなのに…。」 「いーって、俺もちょうど買うものあったし。」 ヤバイ、準太って本当に優しい(またトキメいてしまいそうになる)ありがとう、と言うと、準太は優しい笑顔を浮かべた。ドクンと心臓が跳ねたけど、頑張って堪えた。あぁ、恋ってなんて辛いんだろうか、しかもこれが初恋なんて(よく言うじゃん、初恋は実らないって)顔を俯けてしまうと準太が心配すると思ったので、逆に空を見上げた。街灯とかのせいであまりハッキリとは見えないけど、薄っすらとだけど、星が見えた。まるで励ましてくれるような星たちに、あたしは心の中で頷いた(泣くな) 「帰ったらDVD見るか?」 「え、何の?」 「タイトル忘れたけど…去年流行ったとか。SF系。」 「見る見る、じゃあ早く帰ろ!」 あたしが不意打ちで走ると、準太は慌てて追いかけてきた。荷物は準太が持ってくれてるんだけど、やっぱり準太の方が足が速くてすぐに追いつかれてしまう。それでもあたしは楽しくて、笑いが耐えなかった(やっぱりゆっくり歩いて帰ればよかった、なんて思った自分に苦笑した)家に着いてから、準太がDVDをセットしてくれた。飲み物を予め用意しておいて、さぁ見よう!っていうときだった。チャイムが鳴った。時間は既に七時を過ぎている。こんな時間に誰だろうと思ってると、準太が、慎吾サンかな利央かな、と言って立ち上がった。あたしはDVDを一時停止させる。慎吾サンかな利央サンかな、あたしも準太を追いかけて、万が一を想定してコッソリのぞく。そんなとき、がいますよね、という声が聞こえた。次の瞬間、あたしは驚いた。 「と、藤堂!?」 |