
「と、藤堂!?」 は驚いたような声をあげた。俺の家の前に立っていたのは、桐青高校の制服を着ている男だった。どうやら、の知り合いらしいけど…。俺の胸中は穏やかではなかった。藤堂と呼ばれた男はを神妙な顔で見ている。は俺を見て、一瞬だけ困ったような顔をした。 「なんでがこん…「とりあえず入って!」 相手が何かを言いかけていたとき、が慌てて腕を引っ張った。俺の家なんだけど、と思うものの空気を読んでそんなことは言わないでいた。そんなことより、この男が誰なのかが知りたい。もしかしたら、の彼氏…?いや、でも彼氏がいる奴が事情があるとはいえど平気で男の家に転がり込んでくるとは思えない。の性格からして、そんな軽いことはしないだろう。俺は心中悶々とさせながらもを追いかけてリビングへと向かった。まるで自分の家のように藤堂をソファに座らせているだったが、ハッとして俺に両手を合わせた。ごめん、と言っているようだ。俺は自分の部屋に戻るかどうか迷っていたのだが。 「準太、この人は藤堂真司、中学も同じだったの。」 紹介されたので頭は軽く下げてみた。藤堂は俺をジッと見ると少し訝しげな表情を浮かべた(相手からしたら見知らぬ年上だから、警戒されてんのかな…って、まさか子どもじゃあるまいし)藤堂は俺を凝視するのをやめると、口を開いた。 「ちなみにの元彼です。」 「ちょっ、終わったことでしょ!」 元彼です、と真っ直ぐに見られて言われ、俺の心はまたも大きく揺さぶられてしまった。その目は"元彼"という過去の感じではない。むしろ今ものことを強く想っているような目だ(警戒なんかじゃなくて、敵視という感じの視線だったのか)だいたい、は名字で呼んでいるというのに、藤堂はを名前呼びしている。俺は一瞬意識を飛ばしているようだったが、すぐにハッとして口を開いた。 「高瀬、準太です。」 年下だけど、とりあえずは、です、をつけてみた。するとどうだろう、なぜか目の前の男は俺を見る目を変えた。ソファに座っていたはずの藤堂は勢いよく立ち上がり、瞬時に俺の方へと移動してきた。そして、なぜかなぜか手を握られた(え、なに、そういう趣味?) 「元桐青野球部の高瀬準太先輩!」 「あ、まぁ、そうだけど。」 まぁ今でも桐青(大学)野球部だけど。 「俺、今控えピッチャーしてます!」 「え、一年だろ?スゲーな。」 「高瀬先輩は甲子園に行ったじゃないですか!」 「あ、あぁ、まぁそうだけど。」 「予選の決勝のときの最後のシンカーが凄かったッス!」 二年生のときは一回戦負け、三年生のときは去年とは違って甲子園に出場することができた。その翌年は一回戦負けだった(利央がずっと泣いてたのを憶えてる)それよりなんだ。今年は練習試合も多くて練習も忙しくて高校へはなかなか行けていないから、あまり一年生とかとは顔を見合わせてないはずなんだけど、こいつはどうして俺のことを知っているんだろうか(もしかして…ストーカー?いやいやいや、の元彼なんだからそういう趣味はないだろう)なにやら少し興奮気味の藤堂の後姿を、ポカンとした顔では見ている。 「俺、高瀬先輩の勇姿見て桐青に決めたんスよ!」 「え、そ、そうなんだ。」 なんなんだこの直球は(無駄に照れてきたんだけど)藤堂の後ろでがなにやら俺に口パクで伝えてくる。なになに、そ の ま ま 本 題 を 忘 れ さ せ ろ 、って俺にどうしろって言うんだよ!無理難題だ!マジどうすりゃいいんだよ!甲子園に出場したときの話をしろっていうのか?桐青高校時代の野球部の話をしろっていうのか?そりゃあ和サンの立派なキャプテン振りとか、慎吾サンのある意味の武勇伝とか、ヤマサンの罠とかいろいろ話はあるけどさ…本題を忘れさすなんて俺にそんな器用なことができるか!と、思いつつ(の顔が真剣なので)話をじょじょにずらしてやろうと思ってはいたけど、藤堂は早々と顔をに向けた。 「で、その高瀬先輩の家にがいるわけ?」 早くも本題に入られてしまった。さっきまでの興奮はどこへいったのだろうか、藤堂は冷静なようすでに尋ねた。 「実は準太とあたしは親戚…「ウソだろ。」 「ひょんなことで友達になって遊び…「こんな時間に?」 「なに言ったら信じるわけ?」 「…お前、また家出したんだろ。」 藤堂は、の家庭の事情を少なからず知っているらしい。俺の心臓がドクンと跳ねた。俺の知らないところを、こいつは知っているのだろうか。元彼だ、まったく知らないわけでもないんだろう。俺が知らないを知っていてもおかしくない。"連れ戻したんじゃ繰り返すだけだ"そうの父親が言っていた。つまり、何度か前科あるわけだ。その前科を、藤堂は知っているんだろう。わがままなことだとは思うが、俺はそれが溜まらなく嫌でしかたがない。藤堂の言葉に、は短く息をはき、目線を藤堂から少し逸らした。 「したよ。」 「やっぱりな、でも普通男の家に転がり込むか。」 「…藤堂はどうしてあたしがこの家にいるのが分かったの。」 「帰るときにコンビニから出てきたの見た。」 なんて偶然なんだろうか。まぁ、普通の人なら、が見知らぬ男と歩いていたって話が次の日学校で出るくらいだろうけど、相手が相手だったから後をつけられてしまったってことだ。は珍しく苦い顔をした。 「確かにここに転がり込んだけど、藤堂には関係ないよ。」 「なくねーよ。」 「あのねぇ、あたしの親か…「俺はが好きだし。」 は、との声がやけに響いた気がした。まさか元彼である藤堂が自分のことをまだ好きだとは思ってもいなかったんだろう。俺からしちゃ、分かり易いくらいなんだけど藤堂の態度は(リノは他人のことには鋭いけど、自分のことにはとっても鈍いとみた)なんの冗談だ、と言いかけただけど、あまりにも藤堂が真剣に見ているからか、その言葉をのみこんだ。そんなことより、俺の心臓がやけにバクバクいっているのが俺は気になった。どうしてこんなに気にするんだろうか。は俺の彼女でもなんでもない。同じ高瀬のよしみで住ませてくれと言ってきただけのことだ(それも重大なことだけど)年齢も違う。それに…俺だって、分かってる。 「…ちょっと、来て。」 は藤堂の腕を掴むと、足早にリビングから抜けた。自分の部屋に行くのだろう。俺に視線を向けると、ごめんね、というような表情を見せた。はなんて答えるんだろうか。もしかしたら、あたしもまだ好き、だと答えるのだろうか。だから、最近様子がおかしかったんだろうか。俺は言いようのない気持ちになった。最低なことだと思ったけれど、抑制がきかずに、足が先に動いた。に貸している部屋の前で、俺は立ち止まる。 「単刀直入に言うと…ごめん。」 「…分かってたけど。」 「藤堂のことは嫌いじゃないよ、だから付き合った。」 「でも、あれだって俺が押しに押したことだしな。」 「押されても、嫌な人とは付き合わないもん。」 ドア越しに聞こえてくる声に、俺はむしょうに安心した(人の不幸に安心するなんて、なんて嫌な奴なんだろう)ふられたはらいせに襲い掛かることもなさそうだし、バレないうちにリビングに戻ろうと思っていたとき。 「、好きな奴いるんだろう。」 俺は再び足をとめた。 「な、に言って…。」 「それくらい教えろよ、聞いたら、諦める。」 心臓がまた目まぐるしく音をたてた。 「だから、いない、って。」 「ウソだろ、俺には分かるぜ。」 聞きたいのか、聞きたくないのか。 「だいたい…分かってるけどな。」 「…なんでそんなに鋭いんだよぅ。」 聞きたいのか、聞きたくないのか。自分でもよく分からなかった。それでも、俺は足を進めずにいた。に好きな奴がいたからどうだ。俺には関係のない話だ。俺は無理矢理自分の中の妙な気持ちをはらそうとする。同時に、あの言葉が俺の頭の中を侵食する。数秒の沈黙の後、俺は大きな衝撃を受けた。 「そうだよ…準太が、好きなんだよ。」 |