"準太が、好きなんだよ"その言葉を聞いたとき、確かに心臓が跳ねた。何度も何度も冗談じゃないか、ウソじゃないか、もっと言えば、夢なんじゃないかって思った。だって、相手はだ。見た目は可愛いし、性格も素直で嫌味もないし、なによりの言葉には人を前向きにさせる力がある。を想っている男はきっと少なくないだろう。そんなが俺を好きだと言った。少しの間、俺は頭の中が真っ白になった気がした。そして、その白が晴れたとき、俺の脳裏にあの言葉が響いた。"にはにふさわしい者がいる"日にちなんて何日も過ぎているのに、どうしてだかあの言葉が離れない。俺は密かに唇を噛んだ。ダメだ、俺はには、きっと…ふさわしくない。



「(だからって…聞かないことにするなんて)」



それはそれで最低だ。はぜったいに傷ついた。もう、前のようにあの笑顔を俺に向けてくれはしないかもしれない。家を、出て行ってしまうかもしれない。そればかりずっと考えていて、あまり眠れなかった。それでも眠気は不思議となく、学校をサボるわけにもいかないので重たい体に鞭打って起きた。服を着替えてカバンを整えてから洗面所に向かう。そして。



「あ、おはよう準太!」



リビングに行くと、はエプロンをつけて朝食の準備をしていて、俺に、笑顔を浮かべて挨拶をしてくれた(無視するような子じゃないのは分かってるけど、それなりのことは覚悟してた)俺はあからさまに、ホッとしたような顔をしてしまったことに気がついて顔を少し下に向けた。もしかしなくても、は俺よりも大人なのかもしれない。



「今日はチーズオムレツだよー。」

「お、うまそう。」



いつも通りの会話になった。やっぱりの言葉にはなにか力があるんだと思う。何気ない言葉、いつも通りの言葉。それなのに俺を前に向かせる、の言葉、声。俺のどっかがツキリと痛みを主張したけれど、俺はそれを無理矢理気づかない振りをする。チーズオムレツはトロトロでうまかった。適度に焼かれたクロワッサンは、ちょっと前にが安くておいしいものを売っている店を見つけたと言っていたところのだろう。それは口の中にいれると、サクリとイイ音をたてた。もうまそうに食べていて、その姿があまりにもいつも通りなので、俺はあの出来事は本当にあった出来事なのだろうか、とすら考えた。もしかしたら俺は、俺に都合のよい夢を見ただけで…。



「あ、ごめんね、今日…お弁当作れなくて。」



朝食を食い終わって身支度を済ませたとき、は申し訳なさそうに言った。続けて、食堂か購買で買って食べてね、と言った。そう言うとはすぐに俺に背を向けてしまったけれど、その背中が少し震えている気がしたのは、俺の気のせいだろうか。朝に弱くないが、弁当を作れないときなんて滅多にない。そう思った次の瞬間、また俺のどっかがツキリと痛みを主張した。こっちを向こうとしない。小さな背中が俺に彼女の弱さを感じさせる。俺は拳を強く握った。こっち向け、こっち向けよ。の顔を見たら…俺は…。胸中にわき上がる言いようのない気持ち。しめつけられる。苦しい。声を発するよりも早く、俺は手を伸ばしていた。カラン、とプラスチックのコップが落ちる音がした。



「じゅ…っ。」



俺は声を発せなかった。ただ、目の前の、小さな背中を、小さなを、思うがままに背後から抱きしめた。ただ、そうしたかった。ただ、に、触れたくて…。そこで俺の意識がハッキリとする。自分のしたことに気がつき、嫌なくらい早く心臓が音をたてる。



「い、いってきます!」



気づけば、俺は謝りもせずにカバンを手に、玄関を出ていた。だから、がどんな顔をしていたのか、知らない。知らないけど、俺はほかのことを理解した。

あぁ、俺は、

ずっとに触れたかったんだ。



「(俺は誰に何を言われても、と一緒にいたいんだ。たとえアイツの父親に、俺がにふさわしくないと言われても、それでも俺は…俺にとって、は、俺が思っていたよりも、ずっとずっと大事な人だったんだ)」



"同じ高瀬のよしみでお家に住ませてくれませんか?"初めは、なんてバカな冗談を言うんだと思った。顔は、俺の初恋の人に似てるのに、なんてことを言うんだ、と。"あたしは本気です"あの強い眼差しと声は今も俺の中に残ってる。"急がなくてもいいと思うよ"の言葉はまるで不思議な力を持っているみたいだった。俺の中の黒いものがスゥと消えていく。"あたしは準太が野球続けててよかったって思うよ"なんだ、俺はただ、自分の気持ちに鈍感だっただけじゃないか。それに加えて、弱虫だっただけじゃないか。誰になにを言われても、自分の気持ちだけは自分がしっかりもっておかないといけないのに。ふさわしいとか、ふさわしくないとか、どうでもいいじゃないか。に言わせれば…これからそうなっていけばいい、んだ。そうだよ。

俺は、が好きなんだ。

























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都合のよいことに、今日は雨が降ったから部活は中止になった(天気予報が雨と言っていたから折りたたみくらいは持っていっていた)俺は寄り道もせずに、真っ直ぐに家に帰ることにした。いつものように買い物を済ませて帰ってくるであろうよりも早く帰って、心の準備をしておこうと思う。俺が好きだと言ったら、はどんな反応をするだろうか。遅いよ!って怒られるかもしれない。遅いけど、笑ってくれるだろうか。俺が触れることを、許してくれるだろうか。俺はニヤニヤしてて、変だったと思う。だけど、の笑顔を想像すると、顔の筋肉が自然に緩んでしまう。一緒にいさせてほしい、家に帰ることになっても、俺と会ってほしい。今度こそ、俺がを支えていたい。雨が強くなっても、俺は嫌な気にならなかった。考えるのは、のことだけだ。



「あれ。」



俺が家に戻ると、誰かが家の前に立っていた。もしかして、また藤堂が現れたんじゃないだろうか、そう思って少しムッとした。だが、近くになるにつれて、その影が男のものでないような気がしてきた。それならば誰だろうか。じゃない、だったら合鍵を持っているから俺を待たずに入っているはずだし、このぐらいの近さになれば、俺はならぜったいに分かると思う。の母親…という線はないだろう(前に母親は亡くなっていると話していたのを憶えてる)それならば誰だろうか。俺は不審に思いつつも少し足早に向かった。



「え。」

「…準太くん。」



俺は驚いた。そこに立っているのは冬子先輩だった。水色の傘を右手に持ち、冬子先輩は俺の家の前に立っていた。俺が近くに行くと気がついた先輩は振り向き、どこか力のないような目を俺に向けた。どうして先輩がここにいるんだろうか。それに、先輩は俺の家の場所を知らないはずだ。和サンに聞いたんだろうか(和サンと冬子先輩はイトコ同士だから)



「どうしたんスか先輩、なにか俺忘れ物してました?」



あの飲み会のときに忘れ物でもしたのだろうか。でも、あの日は雨も降ってなかったし、傘は持っていかなかった。部活帰りにそのまま行ったから、大きなカバンはあったけど、あれは財布を取り出すときだけ開けたわけだし、置きっ放しにしたものはないだろうと思う。先輩は俺の言葉に首を横に振った。それなら、いったいなんの用事なんだろうか。



「もしかして、和サンから託け物でも?」

「…ううん、違うの。あのね、準太くん。」

「はい?」

「前の彼氏からね、やり直さないかって言われたの…。」



それは良かったじゃないですか!と、俺は言った。前の彼氏と別れたことで、あのとき苦い笑いを浮かべていたのなら、できればやり直したかったんじゃないだろうか。俺はそう思っていたので単純に喜んだ。だけど先輩はあのときよりも辛そうに笑って俺を見上げる(どうしたんだろうか)彼氏とやり直せることを、嬉しいとは思っていないのだろうか。もしかして、また繰り返しそうで怖い、とか?



「もしかして不安なんですか?」

「…。」

「冬子先輩ならだいじょう…「準太くん。」



言葉を遮られて、俺は驚いた。先輩は今まで人の話を遮ったりすることはなかった。それがイトコである和サンとの会話でも、そんなことはなかった。先輩はなにか切羽詰ったような表情を浮かべていて、相変わらず俺を見上げている。本当に、先輩はどうしたんだろうか。もしかしたら、俺の言葉が人事っぽく聞こえたんだろうか(それならかなりショックなんだけど、やっぱりみたいには上手くいかないというか…なんというか)軽くショックを受けていた俺だが、次の瞬間、別の衝撃を受ける。



「私は、準太くんが好きなの。」



思わず耳を疑った。この人は今、なんて言った?好き、好き?俺が、好きだって?先輩は今にも泣きそうな顔をして、俺を見上げている。その泣きそうな顔での震える背中を思い出してしまい、ツキリと痛みが走った。



「彼氏と別れる前から、私、準太くんを思い出してたの。高校の頃好きだったのに…言えなくて…。」

「せ、んぱい…。」

「この間、準太くんに会ってからハッキリしたの…。」

「先輩、俺は…。」

「私は準太くんが…きゃっ!」



一歩前に踏み込んだ先輩は、雨でぬれた床で滑ってしまったらしく、体勢を崩した。俺はとっさに手を伸ばし、なんとか先輩を転ばせずにはすんだ、けど、なんだか抱きしめるような形で助けてしまった。すぐにハッとして、手を放そうと思った。そのとき、なにかが落ちるような音がした。俺は嫌な予感がして、振り向く。



「…じゅ…んた…。」



そこには呆然としたようなが立っていた。落ちてしまったらしい赤い傘も拾おうとはしない。俺はハッとして先輩の体を放す。雨の音が聞こえる中、の目から静かに落ちていく雫。は必死に涙をこらえようとしていた。それでも涙は流れていってそれを袖で拭った。!と声をかけると同時には俺に、朝のような小さな背を向けた。そして足早に俺から逃げていく。俺も慌ててを追いかけようとしたけど、後ろから先輩に腕を引っ張られた。は俺の方を見ようともせず、傘もなしに雨の中を走っていってしまう。



ッ!













(近かった距離が広がってしまう)




アトガキ

修羅場にしてみました。
オリキャラ1は最初からこのポジションでした。
人的には非常に良い人間だと思われます。
こんな立場にしちゃってすみません!みたいな。
次も準サン視点でいきます。
あと三話で終わるかな。