
雨に打たれながら長時間歩いていたら、やっぱり風邪をひいてしまう。あたしは久しぶりの自分のベッドの中で、バカだと自分をさんざんののしった。帰りたくはなかった、せめてあともう少しまで。だけど、あたしは行くあてがなくなってしまった。それと同時に、どうでもよくなってしまった。お父さんとの再会は、マヌケだったと思う。雨でグシャグシャのまま、最初の勢いはどこにいったのかというような自分の娘を見てお父さんは溜息をひとつこぼしただけで、風呂に入ってきなさい、とだけ言った。使用人さんにすぐに準備してもらって、久しぶりに自分の家のお風呂に入った。でも、一人で入るには広すぎて、準太の家のお風呂の方がいいなぁとか思ってしまって、そんな自分に空笑いした(なんて未練たらしいんだろうかあたしは)そんな二日前を思い出して苦笑する。 「お嬢さま、何度でしたか?」 「…36.8℃です。」 「ウソおっしゃい、見せて下さい。」 一人トリップしてたら、あ、という間に体温計を奪われた(最近の体温計はすごいんだ、十秒くらいで熱が測れるんだもん)37℃ちょっとあるのがバレて、長年の付き合いの使用人さん(田村さん)に怖い顔をされてしまった。 「大丈夫ですよ、明日には治ってますから。」 「…ご無理をされませんように、お嬢さま。」 それとちゃんとご飯を食べてください、と強い口調で言われてしまった。田村さんが部屋を出て行ってから、あたしは棚の上に置かれたご飯を見る。料理人さんが作ってくれたご飯だ、美味しくないわけがない。でも、今はあまり食べたくない。熱があるからかもしれないけど、ご飯はいらない。あたしは布団を顔が隠れるまでかぶった。準太は今頃どうしているだろうか。あたしのことを心配してくれているんだろうか。雨の中、あたしを探してくれて、風邪をひいてないだろうか。それとも…トウコ先輩と、笑い合ってるんだろうか…。勝手に想像して、視界がにじんだ。電話、とらなくてごめんね、でも、謝られるのは…嫌なんだよ…。 「準太…。」 二日経ったのに、あたしの頭の中は準太でいっぱいだった。こんなに忘れたいと思っているのに、どうしてだろう、忘れたいと思えば思うほど頭の中に準太が存在してしまうのだ。"ッ!"準太はあたしの名前を叫んでくれた。それはどういう意味なのかはよく分からない。でも、あたしに気を使ってくれたんだと思う。告白してきた相手の前で、女の人を抱きしめていたことに対して、後ろめたさを感じたのかもしれない(だって準太は優しいから)いつだって準太は優しかった。"俺ん家近いから、ちょっとおいで"考えられた作戦なのに、雨に濡れたあたしに優しい言葉をかけてくれた。"…分かった、俺の負けだ"事情もろくに話さないあたしを住ませてくれた。"が二十歳になったときにはお祝いとして居酒屋に連れてってやるよ"深く考えてはなかったんだろうけど、あの言葉、本当に嬉しかったんだよ。"い、いってきます!"ただ、分からないことがあるの。どうしてあのとき、準太はあたしを抱きしめたの?泣き出しそうなのが分かって、とっさに体が動いたの?分からないんだよ…。忘れられないよ…。 「ごめんねぇ準太…まだ時間がかかりそうだよ…。」 ----- 金曜日。俺は部活を休ませてもらって桐青高校へと向かった。携帯が繋がらない今、俺がについて知っているのは、桐青高校に通っているということくらいだ。放課後に入ったばかりらしく、少しずつ生徒が帰っていく。野球のグラウンドを見て懐かしいと思いつつ、今日は違うことが目的なのですぐに視線を戻した。一年生っぽい子を呼びとめる。 「高瀬って子、知ってる?」 偶然にも、その子たちはの知り合いらしく、?と声をあげた。俺は頷く。その子たちは二人組みで、ショートカットで、背の高い方が俺を見上げた。ジッと見られてしまい、何事かと思っていたが、その子は短く声をあげて手をポンと打った。そして片方の子に先に帰ってくれと告げると、別の子はアッサリと、また月曜日、と言って帰ってしまった。いったいこの子は、なんなんだろうか(俺は、高瀬を知っているかって聞いただけだ) 「貴方、もしかして高瀬ジュンタさんですか?」 「そうだけど、なんで名前…。」 「が言ってました、転がり込んだって。」 どうやらこの子(さんというらしい)はの事情を少なからず知っているようだ。時間があるらしいので、俺たちは移動して、近くの公園のベンチに座った。その前に自販機で買った紅茶の缶を渡すと、ありがとうございます、と丁寧にお礼を言われた。さんはとは中学校からの親友らしい。話し方も物腰からもしっかりしているのがよく分かった。はしっかりしているけれど、どこか楽天的で隙が多いから、このくらいしっかりしている子が近くにいるのがいいだろうと思った。 「は二日前から学校休んでますよ。」 「え。」 二日前から、っていうと、俺が寝込んでいたのと同じだ。は熱を出して学校を休んでいたらしい(当たり前だ、あの雨の中傘もささずに家に帰ったというのなら)その原因が俺にあることに、俺はまた少し気持ちを曇らせたが、そんな場合じゃないと自分に渇をいれて浮上する。一口、コーヒーを飲んだ。 「貴方がのことをどう思っているのかは知りませんが、今から言うことは独り言だと思われて結構です。」 「え。」 「、明日、お見合いするらしいですよ。」 「…え。」 「なんでも、父親の強制らしいですけど。」 それだけ言うと、さんは空であろう紅茶の缶を手に持ち、立ち上がった。がお見合い?父親の強制?もしかしては、明日が嫌で、その日が過ぎるまで家を出ようと思っていたのかもしれない。"16歳になれば女は結婚もできるしな"俺がそう言ったとき、の表情が強張ったのは、気のせいなんかじゃなかったんだ。俺は自分の言葉に今、ものすごく後悔をした。"にはにふさわしい者がいる"あの父親なら、がなにを言っても強制的に見合いを進めるかもしれない。俺もコーヒーの缶を持って立ち上がった。背を向けて歩いている、さんを呼びとめる。 「場所と、時間を教えてほしいんだけど。」 ぜったいに諦めてやるもんか。俺は、のことを手放す気なんてさらさらないからな。教えてもらったホテルの場所と時間をメモに書きとめ、俺はそれをしっかりと手に持ったまま走った。の意思があるならまだしも、の意思を無視した見合いなんてぜったいにさせない。がまだ俺のことを好きなのならば、俺はぜったいにをこの手にとりたい。俺に大事なことを教えてくれた、俺に自分の気持ちと向き合うことを教えてくれた、俺に、人を愛することを教えてくれた…。俺は、が好きだ。 「とうどーくーん。」 「んな、気づいてたのかよ!」 「当たり前じゃない。残念だったわね、騎士がいたようで。」 「…高瀬先輩じゃあなぁ。」 「"高瀬準太"…桐青の有名人とかぁ。」 「ちくしょー、俺も甲子園行くぞ!」 「…練習サボって見に来たくせに。」 |