
熱は下がった、顔色も悪くない、お手伝いさんに薄く化粧をしてもらい、服も軽くドレスっぽいワンピースを着るように言われた(さすがに自分で着させてもらった)時間ピッタリにお父さんが部屋に現れて、一言二言会話を交わしただけで、すぐに目的地へと移動をする。あまり乗り気じゃないのは、変わらない。できれば見合いなんてしたくはない(だって、あたしはまだ高校生だ)どうして16歳になったばかりの日に見合いなんてしなくちゃいけないの。冗談ならまだしも、お父さんはこの見合いを無理矢理にでもすすめてしまいそうな気がしてならない。だからこそあたしは家出をしたんだけど。でも、そうこう考えていてもどうしようもない。家に帰ってしまったあたしは、こうなることはちゃんと分かっていたんだから…。 「相変わらず可愛らしいお嬢さんだ。」 「もったいないお言葉です。」 見たことはある。お父さんの会社のお得意さんとその息子(会社のパーティーで何回か会ったことがあるけど、まさかこの人が見合いをお願いしてくるとは思わなかった、あたしと年の差あるだろうに)きちんとしないと相手にもお父さんにも悪いので、愛想よく振舞う。おいしそうな料理が運ばれてきたけど、あたしはそれを見ながら、この間テレビで見た肉じゃがの方がおいしそうだ、とかひねくれたことを思ってしまって、心の中で苦笑した。自分の料理が特別おいしいとは思わないけど、それでも、準太と一緒に食べるご飯はおいしかった。あぁ、もう。どうしてこうも準太のことばかり考えてしまうんだろうか。あたしは、小さく笑って、自分を誤魔化すように料理に手をつけた(前に食べたイタリアンの方がおいしいなんて思ってしまう) 「さんは、将来はどのように?」 しばらく会話をしていると、そんなことを二条さんに聞かれて、あたしは手をとめた。顔をあげたものの、あたしは返答に困った。将来、どんな風に生きたいかなんて考えたことがなかった。会社を継ぐのは、お兄ちゃんがいるから、別に必要はない。料理は好きになったけど、料理人になりたいわけでもない。言うならば…。 「手料理を喜んでくれる人と温かい家庭を築きたい…。」 つい、ポロリとこぼしてしまい、そこであたしはハッとした。正気に戻って、すみません、と言うと二条さん親子は穏やかに微笑んでいた(反応が怖いので、お父さんの方は見れなかった)つまりは、お嫁さん、じゃないか。なんて恥ずかしいんだろう…見合いの席でなにを言っているんだろう。発言もだけど、脳内にまたも準太の顔が浮かんでしまい、あたしは少し目を瞑ってそれを振り払う。 「さんには好きな人がいらっしゃるんじゃないですか?」 「と、父さん!?」 「いや、息子がしつこく見合いをねだるもんだから、さんの気持ちも考えずに、悪かったと思ってるんですよ。」 二条さん(父親)が言った。その言葉にあたしはドキリとした。息子さんの方は少し驚いたような顔をして父親の方を見ていた。あたしは思わず瞬きさえも忘れてしまった。あたしはそんなことを言ってはいない。ただ、温かい家庭を築きたい、とそう言っただけだ。それなのに、どうしてその方向へ運ばれていってしまったのだろうか。あたしは少しパニックになりつつも、なにかを言おうと試みる。でも、なにが言いたいのか分からなくて、とっさに出てきたのが…。 「い、いえ、この間失恋したばかりです!」 なんて自分にしては珍しく考えなしの言葉を言ってしまった(自分で言うか、と思われるかもしれないけど、けっこう冷静に答えられるのが普段だ)その言葉に、隣りからも視線を感じた。準太のことになると、どうしてだか冷静さを失ってしまう。こうじゃないだろ、と思いつつあたしは眉を寄せた。居たたまれない気持ちになり、自分を救済するためにも別の話題を出そう、そう思っていたときに音をたてて扉が開いた。そして…。 「誰がお前をフッたって?」 あたしは目を見開いた。だって、そこに立っているのは、目を疑うほどの人物だったんだから。いるはずがない、来るはずがない人物だったんだから。その人は、少し不満気に、でも、真っ直ぐにあたしを見ている。数日前にサヨナラしたというのに、妙に懐かしいと思えてしまって、目頭が熱くなってしまう。泣かないようにテーブルの下で手をギュウと強く握って、あたしはその人を見た。さすがのお父さんもこの状況に驚いているのか、視線をその人から逸らそうとはしない。その人はずんずんとこっちに歩いてくる。そして、次の瞬間、あたしの体は宙に浮いた。 「帰るぞ。」 「ちょ、まっ、え、じゅ、準太!」 準太はあたしを抱き上げると、そのまま部屋から出て行こうとする。あたしはワケが分からないから少しジタバタしてみると、ジッとしてろ、と少し強い口調で言われてしまい、大人しく抱き上げられたままになってしまう。後ろから、高瀬くん!という珍しく大きな声をあげたお父さん。準太はあたしを抱き上げたまま、後ろを振り向き、真っ直ぐにお父さんに視線を向けた。お父さん、準太のことを知ってる…もしかして、お父さんは準太と接触をしているのだろうか。"準太が最近おかしいんだよね"そういえば、あたしはそうに相談したことがある。もしあの頃に準太がお父さんと接触していて、お父さんが準太になにかを言ったんだとすれば、準太がおかしかったのも頷ける。お父さんのようすからして、それは間違いない。準太は少しの間、ただお父さんを見ていただけだったけど、ゆっくりと口を開いた。 「俺は、なにを言われても、なにをされても、を手放す気はありません。それに、なにがあっても俺は自分の力で自分の夢を掴んでみせますから。」 強い口調でもなく、ただ準太は一語一語ハッキリと言った。お父さんは目を見開くだけで、なにも言わなかった。準太はそう言うと軽くお辞儀をしてからまた前を向きなおした。あたしは準太に抱き上げられたまま、夢か現実か分からないままの不思議な気持ちになっていた。あたしはもしかして、眠っているんじゃないだろうか。熱が下がらずに、うなされてて、頭がおかしくなって、こんな夢を見ているんじゃないだろうか。だって、準太が現れるなんて…準太があたしを抱き上げるなんて…準太があたしを手放す気がないって言うなんて…。あたしはわけが分からなくなって、自分がなにを言いたいのか、なにをしたいのか分からなくなって、ただ堪えられない涙をポロポロとこぼしてしまった。 「?」 「分かんない、なんにも、わか、んない、よ。」 泣き始めてしまったあたしを見て、準太は苦笑する。あぁ、困らせちゃう、そう思ってるのに涙はとまってくれなくて、そればかりかどんどん溢れてきてしまう。だって、準太は言った。"…聞かなかったことに、していいか"あの言葉を、あたしは確かに聞いたはずだ。それなのに、どうして準太はあたしの前に現れたんだろう。トウコ先輩はどうしたんだろうか。あたしは、準太に同情されているんだろうか。もうなにもかもが分かんなくて、あたしは溢れてくる涙を一生懸命に腕で拭おうとする(だけどとまらない)そんなあたしを、準太は静かにベンチのようなところに下ろした。いつの間にこんなに移動していたんだろうか、そこは庭園のようなところだった。準太は膝を曲げて、あたしと視線を合わせ、あたしを見た。 「が好きだ。」 聞こえてきた言葉を、あたしはまずは疑った。ウソだ、と呟いた。その呟きと同時にとまっていたはずの涙がまたも零れてきて、そんな自分が情けないと思った。準太はキレイで長い指でそっとあたしの目元に触れた、涙が拭われる。 「ウソじゃない、が好きだ。」 「だ、って、と、こせんぱ…。」 「先輩は関係ない。」 「だって、だき、あ…。」 「俺は…が好きなんだよ。」 三回も言われた言葉に戸惑いや恐怖が少し消えた。ほんと?本当に?あたしは、準太の一番なんだろうか。同情や憐れみじゃないんだろうか。少し消えたんだけど、やっぱり完全になくなったわけじゃなくて、何度も何度も、本当?と聞いてしまう(まるで小さな子どものようだ)でも準太はそのたびに優しくあたしの頬を撫でて頷いてくれて、もう夢でも幻覚でもいい、なんて愚かなことを思ってしまう(あぁ、人間はなんて哀しいイキモノなんだろうか、でも、これは夢じゃないんだよね)準太の両手があたしの両頬に触れた。あたしは未だにじむ視界のまま、準太を見る。ゆっくりと準太が近付いてきて、あたしは自然に目を瞑った。 「待たせてごめん。」 それは優しいキスだった。 ----- 「。」 俺の家に向かって帰っていると、後ろから声をかけられた。誰の声かなんて分かってるし、この人が追いかけてくるのも予想していた俺は、動揺するを落ち着かせる。の父親は、息をきらせたようすでこっちに駆け寄ってきた。そして膝を抱えたまま、顔をあげて、ゆっくりと口を開いた。 「僕は…ずっと恐れていた。」 「え。」 「が母親のように、一瞬の間に僕の前からいなくなってしまうことを恐れていた。」 はやっぱり動揺していた。たぶん、自分の父親がこんなになるまで走るところや、こんな風に話をすることなんて今までなかったんだろう。俺はの肩をもち、支える。 「僕はまだ、リカコさんが死んだのは自分のせいなんじゃないかと思っている。」 「ちょ、っと待って、お母さんは事故だって。」 「そうだ、リカコさんは会社を抜け出し、脇見運転をしていた車にはねられて亡くなった。」 「それなら!」 それなら、の母親が亡くなったのと父親は無関係のはずだ。もきっとそう言いたいんだろう。 「リカコさんは、僕の誕生日プレゼントを買おうとして、会社を抜け出したんだよ…。」 「…。」 「彼女の天真爛漫で少し無茶で強引なところに、僕は惹かれて結婚を申し込んだ。だけど、それがまさかリカコさんを死なせてしまうなんて、思いもしなかった。」 「…。」 「僕は怖かった、はそんなリカコさんによく似てる。」 だからこそ、この人は必要以上にに後ろから干渉したんだ。事情を知らないは、父親とのコミュニケーションも上手くいかず、意見が食い違って揉め事になっても仕方がない。この人は、あまりにも不器用すぎた。 「…だけど、僕は間違っていた。」 「…お父さん。」 「お前の人生を、僕が決めてはいけないんだ。」 すまない、と父親は頭を下げた。ここが人目につく場所だということは知っているはずなのに、気にせずに頭を下げた。なんだ、この人も俺と同じじゃないか。自分の気持ちを理解できず、遠回りをするはめになってしまった。もしかしたら、初めてこの人と対面したとき、俺があんなにも腹がたったのは、自分と似ているんだと無意識に思ってしまったからなのかもしれない(同属嫌悪という言葉がある)頭を下げる父親を見て、の背中が小さく揺れた。を見ると、また涙をこぼしている。それでも、一生懸命に父親を見ている。 「あたしたち…もっと早く、向き合ったらよかった、ね。」 その後、は俺の家から荷物を持って自分の家に帰った。それでも、俺は哀しくなかった(寂しくは、あったりするけど、実のところ)の父親は、意外にもアッサリと俺とのお付き合いを許可してくれて(あんなにも、ふさわしくないって言ってたくせに)それがどうしてなのか気になって、何気なく聞いてみたところ、俺の言葉が、自分の親に結婚を反対されたときに言った言葉と同じだったらしい(父親の方はいわゆるエリートで、母親は庶民、だったからとのこと)やっぱり俺たちは似ているんだろうか…ちょっと複雑な気分だ。けっきょく、と俺の同居生活はアッサリ終止符を打たれたわけだが、今も俺はとメールを交わしつつ岐路を辿っていたりする。今日は何をした、何を食べた、またあのイタリアンのお店に行きたい、今度買い物に行こう、などなどのメールは俺を飽きさせない。今は、昼ご飯はなに食べるの?だ。 「(俺は今日はカップラーメン食う予定、っと)」 休日の昼。部活は終わったばかり(部活はけっこう休んでしまったから、全て終わった後に顔を出したらこっ酷くしごかれてしまった)俺もノウノウとはしていられない。自分の言葉には責任をもたなくちゃいけない。プロになるべく、今まで以上に練習に励んで、磨かなくちゃいけない。そして、榛名に追いつかないと。はきっと、満面の笑みで応援してくれる。プロになった暁には、飛んで喜んでくれるんだろう。毎日でも応援に行くよ、と笑って言ってくれるに違いない。勝手に想像してニヤついていると、メールが届いた。なになに、カップラーメンばかりだと体に悪いよ…って、仕方ねーだろー。 「だから、あたしがご飯作ってあげるよ!」 「ぅわっ、!?」 俺は背後から現れたにビックリした。少し大きめのバックを肩にかけて、は俺を見てにっこりと笑っている。手にはよく行っていたらしいスーパーのビニール袋があって、その中には野菜とかなんやらが入っていた。 「お父さんとケンカしたから、すこーしの間泊めてね!」 「いーけど…って、ケンカ?泊めて!?」 「あ、布団クリーニングに出したって言ってたっけ。」 「あのなぁ、。」 「ま、いっか、準太のベッドに一緒に寝れば。」 「いっ、いいわけねぇだろうがっ!」 前とはポジション違うんだから。 今度こそ"男は狼"になっても知らねぇぞ! (って、思ってるそばからベッドに飛び乗るな!) |