
「悪い、昼まで家、出ててくれ!」 別に追い出されたわけじゃないし、ケンカしたわけでもない。なんでも今日、日曜日は野球部の練習がお休みで、利央サンと高校時代の先輩が家にやって来ることになったらしい。利央サンとは顔見知りになったものの、二人で家の中にいるのはまずいかもしれない、ということであたしはお昼まで外出をすることになった。ちょうど天気もいいし、ブラリとしてみようか(に連絡しようと思ったけど、昨日の今日で忙しいだろうからやめておいた、他の子と今下手に接触して家出がバレるのも嫌だし) 「デパートは昨日行ったしなぁ、本屋行こうかなぁ。」 最終手段には図書館っていう手もある。あたしはなんだかんだでこの時間を楽しめそうな気もする。とりあえずは本屋を目指して歩き始めた。ただ今の時間は10時前だ、休日の朝だから人通りもまだまばらだったりする。今から行く本屋は10時に開店するはずだったから、公園を通って遠回りをしていこうと思った。入り口から小さな公園に入る。そのとき、ある男の人が視界に入った。もしかして、あの人って…。あたしはゆっくりと、そしてさり気なくそっちに近寄った(もしかして、あたしって怪しい人?)その人はベンチに座って缶コーヒーを飲んでいるみたいだった。帽子を深くかぶってサングラスをかけている、これでマスクをかけてたらかなり怪しいのはこっちの人だ。 「榛名…選手ですよね?」 そう言って、ポン、と背中を軽くたたくと、ビクゥとその人は背筋を伸ばした。ベンチに座ってるから身長とかは分かんないけど、この人はどう見たってあの榛名サンに違いない。榛名サンは周囲を見渡してから、サングラスを外した(やっぱり榛名サンだった) 「な、なんで分かったんだよ。」 榛名サンは驚いているみたいだった。なんで分かったんだよ、ってことは、榛名サンは変装しているつもりだったらしい。あ、そっか。帽子にサングラスって芸能人とかがよくしてる格好だもんね。 「鼻の形、口元、髪の毛のはね具合、物腰、昨日テレビで見た榛名サンと同じだったんで。」 「す、ストーカーかお前!」 …なんでストーカーになるんですかね?あたしは昨日のテレビと同じ特徴だったから分かっただけなのに(そういえば、準太にも、ストーカーか!と言われたことがあったなぁ)昨日のテレビで初めて榛名サン見たんですけど、と言うと榛名サンはまた驚いたような声をあげていた。準太にも言われたけど、榛名サンは野球界じゃ今有名な人らしくて、プロ野球をあまり知らない人でも彼は知っている、という人は少なくないらしい。あたし、記憶力いいから一度見た人は滅多なことじゃ忘れないの、だから榛名サンのことは本当に今まで見たことなかったんだねー。 「なんで変装してんですか?」 「この前から不覚にも風邪引いてさ。」 強制的に練習を休まされたらしいけど、家に閉じこもっておくのも飽きた、ということで気分転換に外に出たらしい。安静に!と言われてるから誰にもバレないように変装してたらしいけど、あたしからすれば、帽子はキャップじゃなくてハットの方がいいと思いますよ?…と、そんなことよりも榛名サンにもしも会えたら、聞きたいことがあったんだった。あたしは言われて、とりあえずはベンチに座らせてもらった。 「高校の頃、憶えてます?」 「そりゃま、一応。」 「桐青高校知ってます?あたしそこの学生なんですけど。」 「桐青、知ってっけど、強豪校だったし。」 高校生のくせに変な特技あんなー、と言われた(たぶん、変なくらいある記憶力だと思う)そんなことより…っと。そっかそっか、榛名サンから見ても桐青って強豪だったんだねー。今ももちろん強豪校って言われてるみたいだけど。昨日準太は言ってた、総合力は桐青の方が上だったから勝った、と。桐青のこと憶えてるんなら、準太のことも憶えてる…よね? 「高瀬準太って知ってます?」 「高瀬…あ、あいつだろ、シンカー投げる奴。」 「そうです、その高瀬!」 「なにお前、高瀬の知り合いかなんか?」 もしかして彼女?とか言われたので首を横に振っておいた。 「知ってるも何も、あんとき俺あいつからまともなヒット打てなかったし、あのシンカー曲者だよなぁ。」 「(おおお、榛名サンが準太のシンカー褒めてる!)」 「あいつ何でスカウト受けなかったんかな。」 来ると思ってたのに。そう聞こえた。"プロで活躍できる人は多くはないだろ"準太はこう言った。つまりは、準太は自分がプロの世界では生きていけないと思ってるんだ。でも、昨日見た準太はとても楽しそうに投げていたし、誰よりも上手だった。これはあたしの憶測にしか過ぎないんだけど、準太は本当は、もっともっと野球をしたいんじゃないかと思う。あたしの気持ちを知らないであろう榛名サンは、言葉を続けた。 「俺はまたあいつと試合してみたいんだけどな。」 そう言って榛名サンは立ち上がった。飲み終えたらしいコーヒーの缶を左手で持つ(そうだ、この人左投げだってテレビで言ってた)そしてそれをゆうに8mそこらはありそうなところに空き缶カゴがある。投げられた缶はキレイな弧を描いてその中にカコンという音をたてて落ちた。さすがは投手だ。投げるものは違えど、投球さながらのフォームだった、と思う。 「高瀬と会うなら伝えてくれよ、こっちに来いってさ!」 じゃあなー可愛い女子高生、と言いながら榛名サンはあたしに背を向けて歩いて行った。テレビで見たよりももっとずっと色んな意味で大きな人物なんだと思った。自分のことじゃないのに、あたしは気持ちがものすっごい満たされているのに気がついた。ねぇ準太、プロで活躍してる人が準太のこと待ってるんだよ。準太がプロになりたいって気持ちを持ってるんなら、準太はプロに行くべきだと思う。あたしは誰もいない公園で一人ガッツポーズみたいなものをして、衝動のまま全速力にも近い速度で走った。 ----- 衝動のまま準太のアパートの前まで走って戻ってしまったものの、自分のおかれている状況に今気がついた(あたしとしたことが、なんてことだ!)昼まで家を出ていてくれって頼まれてたんだった。いつもならこんな忘れたりしないのに、つい嬉しくて記憶が一瞬ポッカリと抜けてってしまったらしい。アパートの前であたしは珍しくも溜息をついた(幸せ逃げたら困るのですぐさま吸い込んでみたりする) 「(仕方ない、この報告は昼過ぎまで待つかぁ)」 ちょっと残念だと思いながらもあたしはクルリとアパートに背中を向けた。まだまだ時間がある。やっぱり最初に行こうと思ってた本屋さんに行こう、そう思って歩き始めたとき、ポケットにいれていた携帯がブルブルと震えた(マナーモードにしてたから)誰だろう、かな、そう思って携帯を手に持った。だけど、相手は意外にも準太だったりする。メールじゃなくて、着信になっていたので慌てて通話ボタンを押した。 「どうしたの準太?」 『悪い、!』 「はい?」 『利央のバカが…あー、ちょっと黙ってて下さい!』 利央サンがバカ?でもその後は敬語だったよね、黙っててほしい相手は利央サンじゃなくて年上?あ、高校時代の先輩ってことかな。準太の声は少し焦っているような感じがした。最初に謝られたし、どうしたんだろう。 「どしたのー?」 『とにかく、戻れそうなら戻ってきてくれ。』 「はい?」 そこで切れてしまった。携帯を耳につけたままいたけど、やっぱり聞こえてくるのは、プープープー、という音ばかりなので首を傾げながらも携帯をポケットに戻した。一緒に住ませてもらってるって状態がマズイだろうからバレないように家を出てたんだけど、どうして戻らないといけないんだろうか?もしかして、準太に何かあったのかな?とりあえずは、あたしはクルリと向きを変えて、目前にあるアパートの二階を目指した(本当に目前だったので30秒くらいで着いた)チャイムを鳴らさずにそのままドアを開ける。いったい何があったんだろう?まぁ、いいや、早く準太に教えてあげたいし。 |