
「あー、楽しみだなぁ、ワクワクするなぁ。」 「分かった分かった、だから真っ直ぐ歩けよ。」 「うわー、この喜びを分かち合ってくれないの?」 「分かち合ってやりたいけど、一緒には踊らねぇよ。」 一人の少女と一人の少年が歩いている。県立西浦高等学校、入学式後。サッカー部、バスケ部、演劇部…色々な部活動が一年生を勧誘している。そんな中を彼らは見向きもせずに歩いている。黒髪のセミロングの少女と黒髪の短髪の少年。彼は溜息をつきながら彼女の腕をグィグィと引っ張って歩いている。彼の反対の腕にはエナメルの鞄。彼女はそれをパシパシとたたきながら笑いながら、鼻歌でも歌いそうな勢いだ。 「おぉー、野球グラウンドが見えてきました隆也サン!」 「分かった分かった、行きますよサン。」 見えてきたのはところどころまだ草が生えているような、グラウンド。いかにも整備したてです、というような感じであるが、はいっそう嬉しそうな笑みを浮かべて隆也に腕を掴まれたままだというのにジャンプをしたものだからバランスを崩して二人で転びそうになってしまった。彼女が彼から罵声を浴びせられてしまうのは、まもなくのことだった。 「おぉぉ、けっこういるじゃないですか!」 「お、阿部ー、ー!」 はジャージに着替えてから、隆也は野球のユニフォームに着替えてから野球場に向かうと、そこには何人かの少年たちが集まっていた。その中の一人の少年が彼らを見て大きく手を振った。それに返すようにも声をあげ、そして手を大きく振った。 「あー、栄口、昨日ぶりー!」 「昨日ぶりー。」 「けっこういるねー、新生野球部員。」 「うん、俺もそう思った。」 「栄口、監督は?」 阿部は周囲を見渡してから言った。顧問らしき先生の姿は見える(それも犬を抱えているし)だが、監督らしき人物の姿はない。キョロキョロと周りを見て、もそれに気がついた。 「何か、もう一人見つけたって…あ、戻ってきた。」 栄口の言葉に二人は彼の視線を追いかけた。そこには誰かを引きずるようにしてこっちに向かって歩いてくる一人の女性の姿が合った。ロングヘアでジャージ姿の女性。どう見ても20代前半の若い女性だ、監督としては珍しい。それでも、彼らは彼女のことを知っているようで、別段変な顔も疑問を抱いているようにも見えなかった。引きずられるようにして向かってくる少年が何だかワタワタしているようにも思えたが、はまったく気にもせず、手を振った。 「もう一人来たよー!」 「百枝監督ー!」 のその声に少年たちは一斉に彼女の方を向いた。百枝と呼ばれた女性はやっと立ち止まると、ポケットからメモ帳とペンを取り出した。そして、少年に話しかける。 「お名前は?」 「み、三橋。」 「ポジションは?」 「と、投手…。」 「あら、投手がいたわ!」 彼女の嬉々とした声にも、わーい、と両手をあげた。突然大きな声をあげた彼女を隆也がコツンと彼女の頭を軽く軽くたたいた。それでもは全然気にしていないようで、自分もメモ帳を取り出すとサラサラと、三橋、投手、と女の子特有の丸文字で書いた。表情はやっぱり嬉しそうだ。 「うちは一年生しかいないの、今年から野球部は硬式になったのよ。私は軟式時代の卒業生で監督やらせてもらってます百枝まりあです!」 彼女は教師ではないらしい。彼女は、ベンチに座っている先生、志賀と自分の愛犬を紹介した。 「と、いうわけで、念願だった投手が入ったところで、まずは軽くポジション確認をしましょうか!投手の次は、捕手、は、阿部くんね!」 「はい。」 阿部くん、と言われ隆也は小さく手を挙げた。どことなく控えめだったからか、が彼の腕を持つと、ハーイ!と元気な声をあげた。それに隆也はまたコツンと彼女の頭をたたいたが、やはり彼女は気にしていないようだ。どうやら嬉しさでそんなことどうでもいいらしい。そんなを見て、阿部は苦笑する。 「ポジション関係ないけど、マネージャーのちゃん。」 「はーい!」 は空いている手を大きく挙げ、自分を主張した。 「それから内野の栄口くん!」 「はいっス!」 「三人は春休み中から練習に来てます。二人はシニア出身だから、硬式の扱いを教えてもらおうねー。」 隆也と栄口は帽子をとり、礼儀正しく頭を少し下げた。それにつられるようにもペコリと下げてみた。それから野手にうつり、真っ先に田島という少年が手を挙げた。彼はどうやらサードで四番だったらしい。彼の名前に隆也とが顔を見合わせる。彼の名前を聞いたことがある。シニアに所属していたのは勿論、隆也だけであるが、毎日見学をしていたも彼の名前は聞いたことがある。 「隆也、田島ってさ。」 「あぁ、荒川シー ブリームスの田島だろうな。」 そしてもう一人、四番だった、と声をあげた人物がいたが。彼は頭の後ろに両手をまわし、いかにも冷めたような表情を浮かべていた。どうやら彼、花井は、監督が女性であることに納得ができないので野球部に入るのをやめる、と言っている。確かに野球部の監督が女性なところは珍しいだろう。百枝は寂しそうな顔をしていたが、持っていたバットでボールをつきはじめた。そして、それを少しだけ高くあげると、バットを構えて…打った。 「キャッチ…行くよ!」 それはいい音をたてて、空に吸い込まれるように垂直に上がり、今度は地面に吸い寄せられるように綺麗に落ちてきた。それを隆也が綺麗にキャッチをした。まるで芸術並みのキャッチャーフライ。それを見せられて花井は目をパチパチさせた(その後両手で甘夏を絞りジュースにしてしまう驚異の瞬間を見せられて更に呆然としてしまった)それにはビビりもせずに、パチパチと拍手をすると、思い出したように隆也の背中をたたいた。 「分かってるって。」 彼はの言いたいことが分かっていたのか、頷くと、いつの間にか持っていたらしいボールをから受け取ると、三橋に近寄った。 「三橋、くん?」 「ぅあ!」 「ちょっとさぁ、投げてみない?」 その言葉に三橋は戸惑っているようだった。視線がユラユラと揺れている。それを不思議に思ったは満面の笑みを浮かべていたが、キョトンとして首を傾げた。返ってきた言葉はNOだった。彼女は、えぇ!と声をあげたが、すぐに口を自分の手で塞いだ。もしかしたら、控えの投手だったのかもしれない、そう思ったが、それでも投げるだけでも投げてみればいい、そう言おうとしたとき。三橋が静かに涙をこぼした。 「俺、泣かすようなこと言った?」 「うーん、隆也、睨んだ?」 「睨んでねぇよ。」 「タレ目で睨まれるとすくんじゃうなぁ。」 「だ か ら、睨んでねぇよ!」 「あたしもたまに怖ぇって思うもん。」 「だーかーらー、人の話聞けっつの!」 周囲の視線が二人へと向く。ムキになっているような隆也とケラケラと相変わらず楽しそうな。周囲の少年たちにとある疑問と疑問符が頭上にあがる。その疑問を真っ先に口に出したのは、監督にケンカを売った、花井だったりする。 「で、お前らって、一体どんな関係なんだ?」 花井の言葉に口ケンカ(一方的かもしれない)がピタリとやんだ。まわりの少年らも彼の言葉に賛同するように、うんうん、と頷いた。まだ名前も顔もよく分からないようなもんだが、そのときの彼らは意識がピッタリと合っているようにも思えた。と隆也は顔を見合わせて、片や笑いながら、片やしかめっ面で口を開いた。 「「双子の兄妹!」」 えぇぇぇぇ!と大きな声がグラウンド中に響いた。膝を抱えてまだ涙している三橋は、自分はどうしたらいいんだろう、とまた込み上げてくる涙を必死で拭っているのだった。 |