
時間が経つのは早いもので…春から夏へと移り変わる、六月。夏の全国高等学校野球選手権埼玉大会組み合わせ抽選会の日になった。西浦は部員全員で会場へと向かった(監督と千代はちょっと別行動をしているけど)あたしは隆也たちと一緒に歩いていた。色々な制服を着た人たちが集まっている。全部あわせて170も高校があるのだからそれは当たり前の話だけど。 「ふー、みんなでかいなぁ。」 「そうかぁ?」 「花井だってタテはあるけど全然細いぜ。」 181cmという長身の方に入る花井だけど、どちらかというと細い方だと思うなぁ。と、いうよりも西浦にガタイがいいのはいないような気もするんだけど。花井の後ろから一番小柄な田島がひょっこり出てきた。一番小さいのが田島だけど、田島は全然臆してなんかいない(それでこそ西浦の四番!) 「俺たち全員一年だぜ、でかくなんのはこれからだろ!」 その声(大きいからかなぁ)がやけに響いた。それを聞いた他校の人たちはこっちを見てざわざわと小声で話している。全員が一年生なんていう高校はそんなにあるわけがない。そんな高校と当たりたいと思ってしまうのも仕方のない話なのかもしれないなぁ。そんな光景を目の当たりにし、栄口がおもむろにお腹をおさえた。どうやら坂口は緊張がはしるとお腹がゆるくなってしまうみたい。そんな栄口と一緒に三橋もトイレへと向かった。…あたしも始まる前にトイレ行ってこようかなぁ。 「(初戦はどこと当たるかなぁ)」 あたしはトイレの鏡で髪の毛を整えた(さっき隆也に頭ぐしゃぐしゃされたから、もとはといえば田島と走っていたあたしが悪いかもしれないけど)栄口と三橋は先にホールに行ってるかな。そう思いながらトイレから出ると、どこかで見たことあるような人が男子トイレから出てきた。目が合って、二人ともとまってしまう。そして、あたしからも相手からも、あー!って声が出た。確か、榛名サンとキャッチボールや投球練習してた武蔵野の12番だ!(何であっちが、あー!って言ったのかは謎だけど) 「ごめん、トイレットペーパーくれない?」 「あ、いいですよー。」 どうやら男子トイレのトイレットペーパーがなくなってしまったらしい(もしかして、欲しいのって栄口だったりして…)とか思ってたらまた男子トイレのドアが開いた。勢いよく人が出てきて思わずビックリしてしまった。もしかして、栄口?三橋?そう思って顔をあげたら、そこには意外な人物がいた(いや、別に意外じゃないか、だって武蔵野の捕手がいたし) 「ッ!」 榛名サンだ!浦総とのベスト8の試合で見たけど、榛名サンは近くで見るといっそう大きくなったように思えた。シニアの頃は170cmあるかないかだったと思うけど(それでもあたしよりも十分大きかった、隆也よりも)榛名サンはあの頃とはちょっと違うような、それでも満面の笑顔を浮かべると、突然あたしの肩を両手でポンポンとたたいた。 「お前、相変わらずちっせーなー!」 「ちょっとは大きくなったつもりですけど。」 「それでもちっせー!」 わはは、と相変わらず豪快に笑う人だ。榛名サンの後ろから捕手の人が出てきて、何か微笑ましそうに榛名サンを見ている。その後ろから栄口たちが出てきて、少し驚いているようだった。榛名サンはあたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた(せっかく直したのに!)それでも何だか榛名サンはとっても嬉しそうだったので、あたしも笑ってみた。前よりも雰囲気が優しくなっている気もするし、武蔵野の野球部で上手くやっているんだろう。 「でも、お前マジ可愛くなったなー!」 「髪伸びたからかな…さぁ、どうでしょう?」 「お前なー、俺のために可愛くなりましたくらい言えよ。」 あまりにも楽しそうに榛名サンが笑うので、あたしも楽しい。シニアの頃にはこんなにくだけたような会話をあまりしたことないけど、あたしのこと覚えてくれてただけでも嬉しいことだ。だって榛名サン他人に興味なさそうな人だったし。 「榛名サンのために可愛くなりました。」 「お前はタカヤと違って素直で可愛いよなー!」 いきなりガバッと抱きつかれてしまい、ビックリしたけど(まるで愛犬を抱きしめる飼い主のような…)捕手の人(秋丸サンと言うらしい)が榛名サンの首根っこを掴むと引っ張ってあたしから放した。意外に力があるんですね!何すんだよ、と榛名サンが秋丸サンに一方的に文句を言ってるみたいだったけど、二人のやりとりは見ていて面白い。うんうん、いい友達をもちましたね、榛名サン! 「、お前もタカヤと同じ学校だろ?」 「はい、西浦ですよー。」 「(…やっぱり、あの野郎)野球部か?」 「マネジです、じゃないとここには来ませんよ?」 「そーだな!」 携帯のアドレスと番号を教えて、って言われてあたしはポケットからそれを取り出す。画面を開くと、隆也からの電話(メールが五件も来てた!)があって慌ててそれをとると、第一声で怒鳴り声を浴びてしまった!その後榛名サンに番号とアドレスを教えて、あたしと栄口と三橋は駆け足でホールへと向かうのだった。 「じゃあ今度また投げて下さいねー!」 「はぁ?お前また痣できっぞ!」 「大丈夫大丈夫、一個あれば二個三個も同じですって!」 わたしたちが走り去った後で、榛名サンが呆然としていて、そんな榛名サンを秋丸サンがどついていた、なんてことはあたしが知るよしもないのだった。 「…痣、残ってるんじゃん。」 「…マジかよ…。」 ----- 「!栄口!三橋!」 ホールに向かうとほとんどの高校の人たちが席に座っていた。隆也と田島の間に座ると(隆也に予想通り小突かれてしまった)ちょっとして音楽が流れてきた。あ、甲子園のやつだ。それと同時に幕があがっていき、司会のような人が見えてきた。抽選会の始まり。まずはAシードの千朶<せんだ>高校とARC学園がくじを引きにいった。千朶が1番、ARCが170番だった。シード校の抽選が終わり、1〜30番までの高校の抽選が始まる。 「127番がいい!127番引いてきて!」 「127ぁ?ってったら相手武蔵野じゃねぇか。」 田島の声で、あたしは思いだしたように声をあげた。突然声をあげたあたしに隆也が何事か、というような目を向けていた。 「そういえば、榛名サンに会ったよ。」 「…はぁ!?」 「近くで見たら大きくなってたねー!」 「…お前、何もされてないか?」 「うん、頭ぐしゃぐしゃされて、犬にするみたいなハグされただけだよ、痣ないよー。」 ガバッといきなり隆也は立ち上がった。今度はあたしが何事か、と思ったけど、隆也は自分の頭をおもむろにぐしゃぐしゃとすると、溜息をつきながらまた座った。そうか、隆也は榛名サンのことを苦手意識してるんだもんね。やっぱり会ったって言ったらそれはそれでショックなもんなのかな。そう思っていたら突然頭に手をまわされて、隆也はあたしにヘッドロックをかましてきた!いーたーいー!(すぐに解放してくれたけど、いったい何!) 「いきなりCシードなんかヤだよ。」 「嫌がってると引きそうだなぁ。」 「は?」 「花井クジ運悪いだろ?」 「なんでだよっ。」 今度は花井に何か言ってる。もしかして、機嫌悪いの?ねぇねぇ、隆也、話に出すのも嫌なくらい榛名サン苦手なの?だって三橋はいい人だって言ってたよ!今日会った榛名サン、ぜんぜん睨まなかったよ!それって凄いじゃん?(だって前は機嫌悪いときに話しかけたり、騒いでたらすーぐ鋭い視線向けてきてたじゃん!) 「阿部ってけっこうヤな奴だよなぁ。」 「はぁ?」 「阿部はひどい奴だよ。」 「はぁぁ?」 花井、ごめん。隆也は君に八つ当たりをしているだけなのだよ。そりゃあ、ちょっと人をからかうような、遊ぶような面もあるけど(無表情でするから、なおタチ悪い)花井は最後まで遊ばれながら校名札をもって列へと並びに行った。主将だけが並んでいる列、その中で立っている花井が何だか可愛いものに見えてきた。ここからでも花井の顔の表情が見える(ぷぷ、なんだか呆然としているぞ)まぁ、170ものトーナメント表を見ればそれも仕方のないことだけど。西浦高校の番になり、花井はクジを引いた。 「84番、西浦高校84番!」 突如拍手喝采が送られてきた。いったい、何?と、思っていたけれど、その拍手の意味はすぐに分かった。これってもしかしなくても…。 「こりゃあお礼の拍手だな。」 「なんのお礼だよっ。」 「あのね、初戦の相手は桐青なんだよ。」 泉、田島の会話にあたしは後ろを向いてまじった。シード校の全ての番号を覚えているわけじゃないけど、去年甲子園に行った桐青高校、強いと有名なARC学園、千朶高校くらいは何気なく憶えている。初戦が桐青かぁ…かなりサバイバル!初出場であり、全員一年生であり、部員も十人きっかり。周りの人たちも侮って当たり前ってくらいに思われるのは仕方のない話。そんなところが桐青なんて強豪と当たったもんだから、この騒ぎも仕方がない(でも仕方ないよ、どこかは桐青やARC、千朶と当たるんだから!) 「弱気はダメ!」 「イデーッテテテテッ!」 いきなり背後からものっそい悲鳴があがった、驚いて後ろを振り向くと監督が泉の頭をめっちゃしめていた(わー、泉大丈夫ー?)あ、千代もいる。あたしは千代に手を振ると、千代も笑顔で振り返してくれた(相変わらず、女の子っぽくて可愛いなぁ)みんなに弱気ムードが出ている、顔見てて何となく分かる。でも…。 「勝てねぇかな?」 田島はやっぱり違った!うん、それでこそ四番だ田島ぁ!練習試合は全勝した。けど、やっぱりレベルはあまり強くないところとしかやっていない。隆也がそう田島に説明をした。 「阿部も弱気か?」 「まさか!」 「だろ、だって強気だよな!」 「もっちろん!」 って、言ってもあたしが野球をするわけじゃないけどね。でも、やってもないのに負けるなんてことは思わないよ。だって、西浦には隆也がいるし、田島がいるし、三橋がいるし、みんながいるじゃん?打順を考えて、いいところで田島にまわるようにしたら点数だってちゃんと取れるよ。監督が撮っているビデオを見て、桐青は強いところで目立っているから、情報不足はないと思うし、データをちゃんとすれば、それは強い味方になるよ。だって隆也がいるもん(頭脳派捕手だもん!) 「シードに勝てればあとしばらく楽だからね。」 練習時間が足りない、ということで朝は五時集合、夜は片づけを含めて九時に解散、という今までよりも過酷な練習になった。それでも、桐青をはじめ、強豪に勝つためならそれっきゃない!桐青はきっと自分たちの方が強いと、真っ直ぐに信じているに違いない。でも、いつの時代だって、いつまでも、いつでもツワモノが勝ち続けるとは決まっていない。 「ちゃん、大変だと思うけど、色々とお願いね。」 「はいっ!」 春が終わって、夏が始まる。テレビの前で、ずっと恋焦がれてきたあの舞台が少しづつ見えてくる季節がくる。いつの頃からか、隆也と一緒に、テレビにかじりつくように見ていたあの時間は、とても心地のよいものだった。今度は、角度が変わって、それでいて、あの頃よりももっともっと、もーっとスリルのある、エキサイティングな時間がやってくるんだ! 「おれ、ぜったいにこうしえんいく。」 あの約束はいつしたのかなんて、もう忘れてしまった。ただ、あれからあたしたちはまるで白い球に恋をしたかのように追いかけ続けた。求めた。性別が違っても、あたしは隆也とあの舞台を追って行こうと決めた。あたしの心臓が、ドクン、と大きく高鳴った。「じゃあ、あたしもつれてってね。」 |