
田島の打席がきた。けど、準サンと河合サンが仕掛けてきたのは意外にもストレート勝負だった。七球目のストレートのあと、両校から大きな声でエールが始まる。田島が球をはっきりととらえられていない、準サンの球速がだんだんと速くなっているんだと思う。八球目、打った球はまたもファールだった。雨は一向にやむ気配はない。コンディションとしては最悪。だけど、それは相手も一緒なんだ。頑張れ、田島! 「(こんな構え方するのちゃん以外にもいるんだな)」 九球目からシンカーが投げられた。最初はボール。田島はそれをしっかりと見て手を出さない。たぶん、次もシンカーに間違いない(と、予想しても田島は集中すると監督の指示なんか見なくなっちゃうからなぁ)十球目…きたのはシンカーだった。田島は腕を振る。が、バットの先にかすめる程度に当たったものの、球は捕手が構えるミットに綺麗におさまってしまった。田島が悔しそうな顔をしたのが、ベンチからでも分かった。顔を少し俯かせたまま、田島はこっちへ戻ってくる。だめだよ、だめ!田島は西浦の四番なんだから、落ち込んじゃったらみんながつられてしまう(と、思いながらも気持ちはよく分かる)どうやって声をかけようかと考えていたんだけど。 「いでっ。」 やっぱり行動を起こす方が早かったみたいなあたし。かぶっていた帽子を脱ぐと、それで田島の頭をペシリとたたいてみた(花井とかだったら顔に当たってたかもしれない、身長高いから)田島はずれた帽子を直しながら、あたしの方を見た。そして、ヘニョって下がっていた眉毛をもとに戻して、あたしの頭をポンポンと二回ほどたたいた。 「俺、コーチャー行きます!」 「うん、よろしく!」 監督に頭を下げると田島は再び駆け足でグラウンドへと戻っていった。その回は田島の合図で盗塁に成功して、同点になったものの、惜しくも逆転まではいかなかった(でも水谷ナイスヒット!)攻守交替のためにベンチに戻ってきたみんなだったけど、やっぱり田島の元気が足りないような気がした。こりゃ、また帽子でパシッとやるべきか、とか思ってたとき、三橋が、みんなと俺でおさえるから、と田島に言った。それ聞いたとき思わず三橋に拍手送りたくなっちゃった! 「おー!こっそり落ち込んでんなよ!」 「九回に活躍しなよ。」 「もーいっかいお前に回してやっから!」 あたしは女の子だから、男の子みたいにこうゆう試合には出れないし、出たことないけど、こういう瞬間に、野球やっててよかったなぁ、とか思うんじゃないかなって思う。よく野球関係の人たちに、男の子に生まれたかったって思わなかったかい?とか言われたことあるけど、正直に言っても一度もあたしはそんなこと思ったことなかったりする(うん、ほんと)だって、あたしには隆也がいて、隆也が甲子園に連れて行ってくれるってずっと前から言ってくれてるし、それに…。 「よーし、も声出してこーぜー!」 「そうだぜ、頼むぜ!」 「よぉし、任せてちょーだい!」 あたしは今、ちゃんとみんなの輪の中にいるんだから! ----- 八回の表、一点をいれて3−3の同点。続く八回の裏、桐青に一点を奪われて3−4の逆転を許してしまった。残るは九回。一点をとって裏を守っての延長戦か。二点とって裏を守っての勝利か…負けることなんて予想だとしても考えたくないもん。でも、桐青は強い。去年の優勝校ってことを含まなくても、きっと充分に強いんだと思う。 「延長戦はキツイですねぇ。」 「そうね、この回で最低二点…ほしいわね。」 先頭打者は隆也だ。隆也の気合いの入った声が聞こえた。打て、打って、隆也。"もう、ぜったいにあんな惨めな試合は見せないから"朝にそう言った隆也は、ものすごく強い目をしていた。惨めじゃないよ、あのときも、この試合も惨めなんかじゃないよ。この試合終わったら、隆也は嫌がるかもしれないけど、凄かったよ、って勢いをつけて飛びついてやるんだから!だから…負けないで、隆也! 「っしゃあ!」 先頭が出た。続く泉も上手く準サンの横を抜けさせて一、二塁をとった。栄口は難しい球をきちんと処理して転がして、隆也が三塁、泉が二塁を踏む。巣山は三振になってしまったけれど(仕方ないよ、準サンの球、だんだん良くなってる)打ちたい、なんて気持ちは無理矢理にでも頭の端っこの方へやって、今は応援に集中しよう。ブンブンと頭を振ったところで、田島の名前が呼ばれた。 「たじまくん、がんばれー!」 「いっけぇ、田島ぁ!」 声援に応えるように田島はウィンクを見せた。"俺が打ってやるぜ、ゲンミツに!"田島なら打てるよ、ぜったい打てる!そしてあたしも今度投げてもらって打つ(あ、空気が読めてないかも)両校からの応援の声が、もう叫び声に近くなってるのが分かった。でも、きっと田島には聞こえていないのかもしれない。ファール、見逃し、追い込まれた田島は構え直した。次くるのは、きっと、シンカーだ!"いーから、どうやって打ったんだよ?" "後ろから踏み込んで球に突っ込んだんだよ"まさかとは思うけど、イチかバチかなことは田島はしないと思う。それなら…。 「うしゃー!」 田島が打った球はレフトに向かい、キャッチされずに地面へと落ちた。よくは分からなかったけど、バットが妙な感じだった。でも、そのおかげで隆也はホームベースに戻り、泉もそれに続いた。これで二点とった、5−4で逆転だ!みんなで飛び上がって喜んだ。近くにいた水谷に思わず飛びついてしまったら、ベンチに戻ってきた隆也に水谷がまた叩かれていた(なんでだろうか、仲、悪いの?)とりあえずは水谷から離れてグラウンドを見る。タイムをとったようで、河合サンと準サンが話をしていた。 「トライーック!」 花井は出塁できなかった。けど、準サン、巣山のときもだったけど、右打者にもシンカーを投げてる(なんなのなんなの、そんなこともしちゃうの準サン!)っと、興奮してる場合じゃない。確かにうちは5−4で今一点リードで、勝ってるんだけど、次の回をしのいでこその勝利だもんね!応援も気合いをいれないと。 「隆也、負けないでね!」 「誰に言ってんだよ。」 手をパチンと合わせた。それは一瞬だったけど、妙に心地良かった。隆也がグラウンドに行ってから、あたしは自分の手を見る。隆也の手よりもあたしの手はもっとずっと小さい。あたしが小柄なこともあるかもしれないけど…ううん、隆也が大きくなったんだよね。身長だってずいぶん大きくなった。腕だって太くなった。双子っていっても性別違うから、ぜんぜん成長の度合いが違うもん(ちょっと悔しいけど)隆也だけじゃない。きっと、みんなそうなんだ。あたしは大きく息を吸い込んで、大きく口を開いた。 「頑張れ、にしうらーず!」 諦めるな。諦めたら手に入るもんも手に入らないよ。ベンチから見てもみんな自分たちの仲間を信じてるのが分かる。ピンチだって乗り越えていける。三橋はこれ以上ないくらいに疲れてるのに、頑張って投げてる。隆也だってピンチだけどしっかりと考えてる。あたしは、ただ、真っ直ぐにグラウンドを見てる。そして、声が聞こえた。 「アウトー!」 |