
榛名元希、サン。背番号は10だけど、きっとここでも実力的には榛名サンの方があるだろう。きっと榛名サンを目的に見にきている高校の人たちは少なくないと思う。だってよくよく考えれば、ここに歩いてくるまでに色んな高校の人たちがいたし。最低の投手、と言った隆也に三橋は少々驚いているようだ。隆也は能力で榛名サンを"最低"と呼んだわけじゃないけれど。 「ちょっと集合!試合中にやること言うよ!」 監督が声をかけた。あたしと千代は朝言われていたものを袋から出した。バインダーに挟まれた野球のスコア。人数分あって、これどうするんだろうって思ってたけど、そうか、武蔵野と浦総の試合を予想するってわけですか、ほほぉ。二人で全員に配り終わったら、監督があたしにもひとつバインダーをくれた。どうやら、あたしの予想も知りたいらしい(うーん、榛名サンしか知りませんから、自信のほどはありません)そして、どこに置いてあったのか積み上げられたプロテインの箱たちが! 「予想を総合的に判断して私が順位を決めます!」 と、いうことで上から、おいしい高級プロテイン、ふつうのプロテイン、ま○い高級プロテイン、だそうだ(ちなみにあたしは普通に予想するだけらしい、さすがにプロテインはほしいとは思わないので構わないけど)最後のプロテインを見て、巣山はビックリするくらいのすっごいリアクションを見せた。いつも冷静な巣山がこんなに取り乱してしまうなんて、す、凄いプロテインに違いない!(うーわー、隆也頑張れー!)その後興味本位でそれ食べちゃった田島が危うく天へと駆け上るところだった。 「(榛名サン途中から投げるとしても、打力はどうかな)」 四回から投げると言った榛名サン。三回まではどうやらライトについているらしい。あたしは鉛筆をクルクルとまわしながらマウンドを見た、三回まで投げる人は、どうやら加具山サンというらしいけど…。たとえ榛名サンが四回から投げて無得点に抑えたとしても、誰かが得点をとらなきゃ、結局は負けてしまう(浦総の打力じゃ無得点も難しいだろうし)武蔵野の打力ってどうなんだろう。 「阿部!さっきライトの人と喋ってたよな!」 前の席の方から声をかけられる。それに反応してみんなが一斉にこっちを見た。投手としてではなく、バッティングが気になるらしい。 「プレー、一年以上見てねぇもん、昔は荒いバッティングしてたけど!」 「でも、けっこう打ってたじゃん。」 「いらんボールにも手を出してたろ?」 うーん、確かに。 「投げたりしねーかな?」 「状況によるだろ。」 「投げるよ、四回から、投げる。」 泉、花井の言葉にあたしよりも先に隆也が答えた。確かに、あの榛名サンが投手をやらないのはないだろう。っていうか、榛名サンが途中からでも投手やらないと、浦総にはほとんどの確率で勝てないんじゃないかなぁ。だって、ここ今けっこう強いらしいし。無名校(だったって監督言ってた)の武蔵野が勝つためなら榛名サンを出さないわけがないし、たぶん。 「何で四回から?」 「自分で厳密に球数制限してるんだ。」 確かに、シニアでは榛名サンは確か80球しか投げてなかった。今回も四回からの登板{投手としてマウンドに立つこと}なら、球数制限は未だに健在なんだろうなぁ。今は分かんないけど、あの頃、シニア時代の榛名サンはきっちり球数を数えてて、それで80球を終えたらどんな場面でもマウンドから降りていた。あたしはチラリと隆也を見た。隆也は何気なく話しているけど、分かる。内心はすっごく嫌な顔をしてる、と思う。あの日の出来事が隆也を侵食してる、だからこそ三橋に、首を振る投手は大嫌い、だと言ったんだ(実はこっそり聞いていた) 「(うーん)」 隆也は隆也で事情があって榛名サンを最低の投手って呼んでて、きっと榛名サンも事情があってそういうことしたんだと思うけど。この溝はきっと楽には埋まらないんだろうなぁと思う。一肌脱いであげたいけど、あたしだってどうすればいいのかなんて分からない(下手なことをして溝を深めることだって全くないわけじゃないし)複雑で難しい問題は考えるのは苦手。いっそのことボコッとやってスカッて解決したらいいのに。そう考えてる間に試合が始まった。いきなりの初球打ち! 「おおっだぶった!」 花井と水谷らの声が重なった。ダブルプレイ。でも、一回に三ヒットで一点か…見事なバッティング!バッター大好きなあたしとしては、燃える!(田島風によろしく)そんなこんなで、攻守の交代、武蔵野が攻撃に入り、そして…。 「榛名サンだ!」 あたしは嬉々として(隆也がオイって言ったのも気にせず)最前列で見ている田島の横へとかけった。だって久しぶりの榛名サンだ。あの剛球、本当に凄い、速いんだもん。あたしは田島と一緒にフェンスにかじりつくようにして投球練習を見た。榛名サンはこっちには気づいていない、当たり前か、いくらなんでも試合が始まればそっちに集中するよね。そう思ってあたしもちゃんと静かにそっちを見ていた。投げろ、早く投げろー。そう思ってたとき、ぐぃっと後ろに引っ張られた。たっ、隆也めぇ!(ちなみに田島は泉に引っ張られていた) 「フェンスの向こうは公式戦中!」 これは泉の台詞だけど…いいじゃないか、あたしら静かにしてたもんね!と、思いながらもぐぃぐぃと引っ張られてしまう。ちくしょう、男にしちゃー体重軽いくせに隆也ってばやっぱり力あるなぁ!そんなとき、シュゴーって感じの音が耳に入った。あたしは隆也に掴まれたまま、顔だけそっちに向けた。榛名サンが投げたボールがキャッチャーのミットに気持ちいいくらいの音をたてておさまる。その瞬間、まるで流れ星が落ちてきたような感覚を受けた。シューンって落ちてくるの、あれ。 「凄い、速い、速くなってる!」 あたしは興奮していた。だってシニア時代よりもぜったい、断然早くなってるんだもん!(だって今、軽く投げてるだけなのにそんな予感がヒシヒシとする!)あのときだって、打ちたい、絶対に打ってやる、ってそう思ってたのに、その魅力的な球は更に魅力的になってまたあたしの前に現れた。まるで初めて榛名サンの投球を見たときのような衝撃だった。打ちたい、打ちたい、打ちたい、心の中はその四文字で埋められていく。バッティングが好きな者としては、これ以上にない素敵なゲームだ、きっと。田島もあたしと同じ気持ちに違いない(勘、だけど) 「落ち着け、そんで座れ。」 「お、おっけー。」 とりあえず、座ろう、隆也に怒られる前に。どうやっても今、榛名サンの球を打つことは不可能なのだから。さすがに公式戦で騒ぐわけにもいかない(騒いだら榛名サンも気づくかもしれないけど)あたしはとりあえず隆也の隣に座った。プロテイン争奪戦には参加しないけれど、あたしもスコアを書かなくちゃ。三橋は榛名サンのキャッチボールを見て、ヨロヨロと立ち上がった。投手として榛名サンの凄さを目の当たりにしてしまったから、少々ショックを受けているのかもしれない。 「あれがストレートだよ。バックスピンをきかして、たいしたスピードのせなくてもすげぇ耳障りな音がする。」 「いや、榛名サンの球、普通に速いし。」 「だけど回転数の多い球は当たれば飛ぶ軽い球だぜ。」 あ、隆也の奴、無視した!まぁ、そう言いますけどね。回転の強い球はバットにちゃんと当たれば飛んでいく、確かに中途半端に回転数の多かったり強かったりする球は打ちやすい、うん、回転数が少なかったり弱かったりするのよりかもっと。でも、榛名サンの球、当たらないんだもん。まともに…。かすっただけだったもん…うー。 「打ちたいなぁ。」 「…お前、そんなこと言ってるとまた痣できるぞ。」 「いいもーん。」 「よくねぇだろ、それって女としてどうだ!」 ----- ストライク!という審判の声が聞こえ、榛名はキャッチボールをやめる。彼は自分が色んな目で見られていることに気がついていない(西浦高校から)12番の背番号を持った秋丸に声をかけられて守備のポジションに戻っていく。その途中、秋丸はら(西浦メンバー)のいる方をチラリと見た。そして、あ、と声を出す。 「なんだよ、どうしたんだ?」 「いや、あのタカヤの隣にいる子ってさ。」 「ん?」 秋丸に言われて榛名はそっちを見た。だが、隆也の隣に座っているはちょうど反対隣に座っている田島に話しかけられて、榛名には後ろ頭しか見えない。すぐに守備位置につかないといけないので、じっと見ているわけにもいかない。榛名はチッと舌打ちをした。結局隆也の隣にいるのが自分が今日探していた人物なのかも分からないまま二回目の守備につくことになってしまった。 「けっこう可愛い女の子だったけど。」 「…じゃあ違うかもな。」 「分かんないだろ、男か女か覚えてないって言ってたし。」 「だから、どっちにしろ可愛いイメージなんてなかったし。」 それでも、自分がその人物を探していたのは確かだ。そう思い、榛名はブンブンと頭を振ってボールを秋丸へと投げた。至近距離だったので彼はひどく驚いたようだったが、無事にキャッチする。 「見れなかったからって八つ当たりすんなよな!」 「うるせー!」 「いってーっつの!お前のたたき方いてーよ!」 実は、その女の子が彼の探していた子だったりするわけであるが、それが分かるのはもうちょっと先になる。二回表、攻撃は再び浦総へと移った。今の得点は浦総が一点先取で武蔵野は無得点。だが、試合はまだまだ分からない。その証拠に、榛名は余裕、とでもいうかのように口元をあげていた。 |