番外編.













「頑張って、目指せベスト8!」
夢を見た。ちょっと前の夢を。まだ隆也がシニアにいて、榛名サンの球をとっていて。…いつだろう、これ。あたしは下を見下ろす(だってまるで自分が空の上にいるような視点なんだもん)まだ髪の毛の短くて男の子のようなあたしが一生懸命に走ってた。隆也を探して。



「隆也!」



隆也は誰もいないところでしゃがみ込んでいた。あたしは声をかけて、隆也に近付く。それでも隆也は顔をあげてくれなかった。試合に負けたのは今日が別に初めてじゃなかった。それでも、あれだけ点差をつけられたのは、一方的な試合だったのは、初めてだったかもしれない(あ、思い出した、これはベスト8決定戦だ)二度目の隆也、という呼びかけに、隆也は静かに顔を上げた。泣いてるのかと思ったけど、隆也は泣いていなかった。



「あの。」

「…。」



なんて声をかければいいのか、分からなかった。もしかしたら、こんなことは初めてかもしれない。いつもみたいに"お疲れ"って言えるような雰囲気じゃなかったし"ドンマイ"とか"惜しかった"って言えるような雰囲気でもない(だって隆也一人が悪いんでも弱いんでもないんだもん)それに、隆也がこんなに落ち込んでいるのは、試合に負けたことにだけじゃないと思う。榛名サンと自分の気持ちがまったく通じていなかったことに隆也は落ち込んでいるんだと思う。暫くの沈黙の後、あたしはいつも通りと自分の心に念押してもう一度口を開いた。



「た、隆也、頑張ったよ!」

「…んなことねぇよ。」

「最後まで捕手し…「分かったような口聞くな!」



バシッという乾いた音がした。すぐには何が起こったのか分からなくて、数秒間ボーッとしていたら、ほっぺにジンジンと痛みがはしった。そこで自分が隆也にほっぺを叩かれたのだということに気が付いて、あたしは無意識にだろうけど自分のほっぺに手をあてて隆也を見た。隆也は一瞬表情を歪ませたけど、すぐにあたしから視線を逸らし、絞り出すように言った。もう野球やめる!と。隆也がこんなに怒ったのは、こんなにヤケになってるのは、もしかしたら初めてかもしれない。隆也の言葉に、あたしは居たたまれない気持ちになり、その場から走って逃げた。



「ぅわ!あっぶねーだろボケェ!」



途中で榛名サンにぶつかって、怒鳴られた。それでも謝るなんてことも頭になくて、あたしに気が付いた榛名サンはあたしの顔を見て、怒ってた顔が焦った顔に変わった。泣くなよって榛名サンらしくなく慰めてくれたけど"分かったような口聞くな!" "もう野球やめる!"あのときの隆也の声と顔が頭から離れなくて、涙が次々に出てきた。ほっぺはもちろん痛かった、だけど、もっと痛かったのは心だ。



「悪かった!」



結局、家に帰るまでの道で隆也はあたしに頭を下げてくれた。別に隆也が悪いわけじゃない、それでも、あたしが悪かったわけでもないと思う(ケンカなんてそんなもんだ、それに強いケンカほど意外にあっさりしてることもある、これはケンカとも言えるのかよく分からないけど)隆也が怒ってないのが嬉しかったし、榛名サンが今度投げてくれるって言ったのも嬉しかったから、あたしは物凄い上機嫌で言葉を返した(隆也は凄くビックリしてたけど、あたしの上機嫌に)ただ、隆也がどうしてあんなに怒ったのかがあの頃は分からなかった。試合に今まで負けたことがないわけでもない、榛名サンと意思疎通がダメだったことが初めてでもない。だけど、あのときの隆也はこれでもかっていうほど自分を失っていた(それくらい落ち込んでしまっていた)

























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ー、起きろー。」

「うぃー。」



いよいよ試合の日だ。あたしは隆也に起こされて夢の世界から逃れた。いつも通り顔を洗って、ご飯を食べて、歯磨きをして、準備をする。隆也も別に変わった様子はなかった(隆也が妙にソワソワしていたり、緊張していたりしたら、怖いけど)お母さんはシュンの試合について行くけど、先に終わったら行くかもって言ってた。でも、いるからいいわよねー、とも言っていた。



「いってきまーす。」

「いってらっしゃーい、、暑いから気をつけてね。」

「はーい!」

「(選手の俺よりマネジの心配かよ、いいけど)」



自転車のカゴにカバンを置いているとき、先に出発準備の終わった隆也があたしの名前を呼んだ。なぁに、と答えると、隆也はなんだか妙にかしこまったような、真剣な表情を浮かべていた(なに、何かしたあたし、もしかしてカバンにお菓入ってるのバレた?)ドキドキしてたけど、それは違った。



「甲子園、連れてってやるからな。」



"おれ、ぜったいにこうしえんいく"
"じゃあ、あたしもつれてってね"

あの日の約束をまた思い出した。いつしたのかも分からない約束だ。それでも、あたしも隆也もそれを忘れてなんかいない。あたしは隆也の言葉に大きく頷いた。



「もう、ぜったいにあんな惨めな試合は見せないから。」



シニアの頃のあの試合を言ってるんだろうか(あの試合だって別に惨めじゃなかった、みんな頑張ってた、惨めなもんか!)でも、この言葉であのとき隆也があんなに怒ってたり、落ち込んでた理由がハッキリと分かった。隆也はあたしのために、あんなに怒って、あんなに落ち込んでくれたんだ。そう思えたら、あのときのほっぺの痛みなんか空の彼方へと飛んでいってしまった気がした。あたしは嬉しくなって、自転車のことなんか気にせずに隆也にとびついた(案の定自転車倒れたけど)



「なにすんだよ、ッ!」

「へへへー。」



隆也の双子でよかった。面と向かって言ったら、たぶん隆也は怒ったような顔で、俺はよくねーよ、とか言うんだろう。だから言わないけど、すっごく思ってるよ。去年の優勝校だろうが、強豪だろうが、今日は負ける気しない。いや、今日も負ける気しない!天気はあいにくの曇り空で今にも雨が降っちゃいそうな気がするもんだけど、あたしの心は快晴だった。頑張ろうね、隆也!西浦でよかった、西浦だから頑張れた、そう胸を張って言える野球人生にしようね。











約束、記憶の裏側!











後書

十六話と十七話の間のお話です。
短いので番外編に無理矢理しました。
途中で榛名サンがいるのは…以下省略。
二人の絆はけっこう深いものなのです。
どうでしょうか?